台湾はアジアの中で日本に次いで早期に原子力発電所が建設された国です。 1970年代後半から、米国のサポートを受け、台北の近くに第一と第二原発(二つともBWR型)、最南端に第三原発(PWR)型、合計3カ所で6基の原発を設置しました。そのすべてがウェスティングハウス(WH)、ゼネラル・エレクトリック(GE)による米国製であり、いずれも戦後の戒厳令下に建設、稼働されたものです。そして実質的に日本からの輸出となった第四原子力発電所が建設中ですが、計画から30年、建設から10年を超えてもなお完成していない。(現在の進歩率は約9割) 電力会社は政府資本の「台湾電力公司」です 。
☆第一原発(2基) 運転中
新北市石門区にあり、地名をとって金山発電所とも呼ばれる。台湾の中心都市である台北市の北28Kmに位置しており、大都市に隣接する原子力発電所。
現在、当発電所には沸騰水型原子炉(BWR)2基がある。原子炉と発電機はGEとWHが製造。福島第一原発1〜4号機と同様のBWR MarkI型である。
☆第二原発(2基) 運転中
新北市万里区にあり、地名をとって国聖(クオション)発電所とも呼ばれる。第一原発と同様に原子炉が発電機がWHにより製造された沸騰水型原子炉。台北市の北23Kmに位置しており、第一原子力発電所よりさらに大都市に近い。
☆第三原発(2基) 運転中
屏東県恆春鎮にあり、地名をとって馬鞍山(マアンシャン)発電所とも呼ばれる。台湾北部の第一、第二原発に続き、南部の経済発展に伴って1978年に着工された。台湾の他の原子力発電所と異なり加圧水型原子炉(PWR)である。第一、第二原子力発電所と反対に、原子炉がWH、発電機がGEにより製造された。南部の台湾第二の都市高雄市の南80kmに位置している。
☆ 第四原発(2基) 建設中(日本)
新北市貢寮区にあり、正式名称は龍門(ルンメン)発電所。直接の受注元はGEだが、一号機原子炉が日立製作所、二号機原子炉が東芝、各発電機が三菱重工業による日本からの輸入原発。住民の反対や、度重なる事故により、計画から30年、建設から10年を超えてもなお完成していない。最近では馬英九政権下、民国紀元(中華民国暦)100年となる2011年に「建国100年行事」として運転開始を目指していたが、一号機中央制御室火災により延期された。
(株)国際原子力広報支援センターは営業運転は2016年以降にずれ込むとの見方を紹介している。また、2012年3月30日には「台湾電力が、相次ぐ工事上のトラブルの自力解決を断念、日立製作所など日米の原発関連企業に全面支援を求めている」と報道された。
【台湾の原子力発電所一覧】(出典)
※第四原発は1・2号機共に元請けGE、下請けは1号機が東芝、2号機が日立。1・2号機共通:インターポンプ=東芝、制御棒駆動装置=日立、発電機=三菱重工
原発などから出た低レベル放射性廃棄物は、蘭嶼(らんしょ)という台湾南東部の島に貯蔵されており、ここには先住民族タオ族が暮らしています。当初、「缶詰工場を作る」と言って無理やりこの島に作ったと言われています。20数年もたたないうちに、放射能漏れ、ドラム缶の錆などのさまざまな事故が発生した。
これらの事故を受け、政府は現在新しい最終処分場を探しているが、その候補地の一つは蘭嶼島の向かい側、先住民族パイワン族の聖地がある台湾本島の台東です。
<高レベル放射性廃棄物>
各原発の中にそのまま貯蔵されているが、冷却プール内はすでにどこも満杯状態となっており、台湾電力は現在、第一、第二原発の中に「乾式中間保蔵施設」を造ろうとしています。
原発などから出た低レベル放射性廃棄物の貯蔵施設がある台湾南東部の蘭嶼(らんしょ)島で、放射線量が比較的高い地点があることが確認されました(9月27日発表)。施設はずさんな管理が指摘されており、チームは詳しい調査の必要性を強調しました。
過去に津波に襲われた可能性を示す痕跡も見つかり、中生勝美(なかお・かつみ)・桜美林大教授は「津波で放射性物質が海に流出する恐れもある」と話した。
調査は8〜9月に実施。島の北部の集落で、道路上の1カ所(地上約15センチ)で毎時67マイクロシーベルトを記録した。ずっといると1日で1ミリシーベルトを超える計算になる。ほかにも1〜2マイクロシーベルト程度の場所があった。貯蔵施設は島の南端にあるが、風の影響で北部まで放射性物質が運ばれたり、過去に人為的に持ち込まれたりした可能性があるという。地層調査では、海から運ばれたとみられる細かい砂が複数の層になっているのが見つかった。津波か大型台風の波で運ばれたと考えられる。施設は海抜約5メートルに位置し、高さ約5メートルの防波堤がある。だが、門は鉄柵で津波が入るのを防げない構造。防波堤の強度にも問題があるという。蘭嶼島には主に先住民が暮らす。施設は、住民に知らされないまま建設され、ドラム缶約10万本が搬入された、住民の反対で1996年からは新規搬入はない。施設では、壊れたドラム缶から別のドラム缶に中身を手作業で移し替えていたなどと指摘されている。調査チームには首都大学東京と琉球大も参加した。
〜NNAA事務局長崔勝久氏による現地訪問最新のリポートより〜
RanYu島にわたり、6つの部落を訪問しました。小学校の敷地などで異常に高い放射線量が日本人研究者によって発見され、記者会見で発表されたことで大騒ぎになりましたが、政府は現地の放射線量を測定し否定しました。
しかし住民の間で不安は消えず、登校しない子供たちが増えているという話をその学校の先生から聞きました。記者会見した日本人研究者は来月、訪台して再度、測定するということになっていますが、その結果次第では大きな問題になると思われます。
実際に低レベルの放射性物質を貯蔵している場所に行ってみましたが、私の目には、3.11規模の地震と津波が来ても大丈夫なのか、まったく安心はできないと感じました。 (2012.10.21)
12年11月24日にTBS報道特集「台湾・先住民の島に放射性廃棄物 見過ごされた危機」で蘭嶼(らんしょ)島が取り上げられました。---天然資源に乏しく、海に囲まれた地震多発地帯。日本と極めて似た環境にある台湾は、エネルギーや原発政策についても日本と同じような道を歩んできた。増え続ける放射性廃棄物の問題も例外ではない。
長年、核のゴミをいわば、押し付けられてきた台湾に浮かぶ小さな島を取材した。
☆台湾5日間ー反原発の国際連帯を求めて
反原発の国際連帯を求めて現地で見聞したことを報告します。(2013.4.21-25)
◎台湾の原発事故一覧(出典)
78年10月 :第1原発から気体の放射能が漏れだし、アメリカの会社が応急修理し て改善されるまで1ケ月かかった。
80年8月19日:第1原発の冷却水取水口が海上を漂うゴミで塞がれる。循環ポンプの入口の網と集水器の水槽が詰まり、冷却水の供給が止まる。
80年8月27日:第1原発の冷却水取水口が再びゴミで塞がれる。今回はさらに重大で、低圧タービンの保護膜が破れる。
83年2月23日:第2原発2号機の原子炉に海水が入り込み、炉が停止する
84年3月 :「民政マンション」で280μSv/hにも汚染されたビルが発見される。
84年6月 :放射性廃棄物を積んだ船と漁船が金山港の外洋で接触し、廃棄物を入れたドラム缶が海に落ちる。
85年7月7日 :第3原発1号炉で大火災が発生。修理して正常運転を始めるまで1年2ケ月間運転を停止し、一日当り一千万元の損失をもたらした。
85年9〜10月 :第1原発で連続運転の記録を作るため56日間運転し続けたため、放射能を大気中に流し続ける事件が起こり、その後長期の運転停止を引き起こす。
86年1月15日:第1原発で大規模な放射能漏れがあり、発電所の全員が避難する。原子力委員会が発電所近くに設置してあった測定器は全て故障していた。事故の後、委員会が調査しようとしたところ、当時の作業日誌がなくなっており、捜したところ重要な部分が破り取られた形で見つかった。
86年3月25日:第1原発2号炉が418日間連続運転して世界記録を作った。しかし記録を作るため、運転を止めて行うべき修理を運転したまま行っていた。
86年4月29日:第2原発で二酸化炭素が漏れだし、9人の作業員が中毒にかかる。
86年6月17日:第2原発1号炉でモーターが焼ける。
86年7月2日 :第2原発2号炉で放電事故があり、作業員2人が火花で火傷する。
86年7月 :第2原発で2件の火災が起こり、台湾電力は事故を隠そうとしたが、新聞にすっぱ抜かれる。
86年7月 :第3原発の排水口付近の海域で大量の珊瑚が白化、死亡しているのが分かる。
87年10月7日 :第3原発1号機の蒸気発生機のタービンの翼で裂け目が見つかる。
87年10月26日:第2原発で台風のためタービンに水が入り、炉が2つとも緊急停止する。水がしみ込み、状況は翌年になっても改善されなかった。
86年11月 :第3原発で何回かに渡り、放射能汚染された排水が規則に反して流される。
88年2月 :第1原発1号炉で停止期間不足のまま運転を再開していたことが分かる。
88年3月22日:台湾電力が「84年4月から88年3月までの、原発から大気中への放射能漏れ事故は第1原発が117件、第2原発が51件、第3原発は106件である」と発表する。
88年4月 :第2原発の800人余りの作業員の健康診断をしたところ、全体の17.5%の人に肺疾患が起きていることが分かる。
88年5月12日:第2原発1号機の大修理中、放射能の安全防護が不十分で、約200人の作業員が放射能汚染を受け、発電所の外の土も汚染される。
88年5月27日:第2原発で二酸化炭素の自動噴出器が誤作動し、3人の作業員が中毒にかかる。
88年7月 :第3原発付近の浅い湾の珊瑚礁のうち半分が白化現象を起こし、前年より悪い状況になっていることが分かる。
93年 :第2原発排水口付近で背骨の曲がった魚が大量に発見される。
1995年7月 :第2原発1号機で燃料棒破損。スリーマイル島事故の倍のヨウ素が漏れる事故。
2010年3月 :第4原発1号機中央制御室で火災。ほぼ全焼。
2010年の燃料別発電電力量は、石炭49.91%、天然ガス24.61%、原子力16.85%、石油3.83%、水力2.94%、その他再生エネルギー合計1.87%である。また、燃料別発電設備容量は、石炭36.85%、石油8.56%、天然ガス32.17%、原子力10.52%、水力9.37%、その他再生エネルギー合計2.53%となっている。企業形態別での発電電力量の比率は、台湾電力公司が66.8%、IPP(民営電力事業者)が16.8%、自家発電16.4%である。 <資料> ※ウィキペディアより
☆野党系雑誌「夏潮論壇」の86年6月号掲載作品「原発の黒幕を見直す」より
☆台湾第四原発関連などの報道を紹介します。とーちさん(奥田亮)より。
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