c-3) 「繊維工場」(イスラエル)と言っといて~~ 色仕掛け
2020年10月
あのときの悪寒
今度は、伝統的にイラクやシリアの”敵”とされてきた
イスラエルが「隠し持っている」と見られる核兵器製造施設の
お話です。
同国が出来たのは1948年のことですが、その前後から核武装を
目論む人たちが暗躍していたそうです。現時点(2020年10月)で
40歳代以上の方々であれば、1991年の湾岸戦争のことを覚えて
らっしゃるでしょう。アメリカが中心となった同盟軍がイラクを攻撃、
イラクが占領していたクウェートから撤退させた戦争でしたね。
そのとき、イラクのサダム フセインがスカッドというミサイルを、
イスラエルめがけて発射させました。アラブ諸国をアメリカとの
同盟軍から寝返らせ、イラクと共にイスラエルを攻撃させようとしたの
でしょうね。スカッドの攻撃を受けたイスラエル軍は、爆撃機を
いったん出発させました ・・・それを聞いて、背筋に悪寒が走った
のは、私だけではなかったはず。なにしろ、イスラエルは核兵器を
保有しているというのが、すでに「公然の秘密」になっていましたから。
ズバリ ”Uranium” という著作
で、Tom Zoellner, “Uranium” (Viking, 2009) という書物が出ており、
おそらく今でもAmazon (USA) から入手できると思います。
本文320ページ程度で一般向けに分かりやすく書かれており、
ウラニウムに関する各種の歴史上の出来事を一通り紹介してくれて
います。英語の書物を読みなれている皆様で、そうした出来事の
入門書をお探しの方にはお勧めです。で、同書の103ページから
113ページの記載に基づき、写真の下にかいつまんで紹介しますね。
建国の前後
既にその頃、今のイスラエルのネゲブ砂漠に少量のウラニウム鉱が
見つかっており、それを重水型原子炉(後日、説明します)で
反応させれば、原爆の材料ができる~~ということを、イスラエルの
初代大統領ベン グリオンが耳にしたそうです。かくして、イスラエル版の
マンハッタン プロジェクトが始まります。その施設は、「合成肥料工場」だとされていました。
「スエズ動乱」直後
そのプロジェクトが本格的に進んだのは、1957年からのこと。
フランスは最初の原爆実験を1960年に実施していますから、
57年には原爆技術も材料もそれ相応に持っていたはずです。
そのフランスからの援助を受けてネゲブ砂漠に地下施設
(「ディモナ」という名でよく呼ばれています)ができ、
「繊維工場」だとされていたそうです。フランスはさらに、ウラン鉱石を
精製したもの、つまりイエローケーキも供給していた模様です。
1956年の「スエズ動乱」(第二次中東戦争)でフランスとエジプトの
関係がこじれ、フランスは中東に友達が欲しかったようですね。
**************************
(2026年8月 追記)
こうしたフランスとイスラエルの「核の蜜月」は1958年まで続いた
のですが、その年にシャルル ド・ゴールが大統領に就任すると
急変していきます。イスラエルが核開発を世界に公表しようとせず、
フランスとしてはそうした「闇の核開発」に加担するのは終わりに
したかったようですね。
詳しくは、英語版WikipediaのIsrael and nuclear weaponsというページを
お読みくださいな。Israel and nuclear weapons – Wikipedia
(なお、このページも日本語には なっておりません。2026年8月7日 JST)
それでもイスラエルはネゲヴ砂漠の複合核施設(原子炉だけでなく、
使用済み核燃料の再処理工場なども含んでいた模様。「ディモナ」と
いう名称で知られます)の建設などを進め、ついにアメリカに
睨まれます。
(以上、2026年8月追記)
********************************
U-2から見ると、「怪しい」
この「地下繊維工場」の周辺では、おかしな地殻の動きが検知されて
いました。CIA は1960年当時、U-2というスパイ偵察機を世界中で
飛ばしていたのですが、それが検知したそうです。しかもその地殻の
動きのパターンが、フランスのプルトニウム工場「マルクール」(Marcoule)周辺での動きに似ていたのです。(なお、マルクールでは
炭酸ガス冷却の黒鉛炉や、トリチウム(水爆の材料として、
よく使われます)製造用原子炉が稼働していました)
******************************
(2026年8月 追記)
そのアメリカでは1961年にケネディー大統領が就任、イスラエルに
ディモナ複合核施設の査察を認めるよう。しつこく要求しました。
結局、IAEA(国連の各査察機関)ではなくアメリカの査察員の
チームが合計6回、同施設を査察しました。1964年から1969年に
かけてのことでした。
ところが。イスラエルはその査察に備え、偽造のコントロール
センターを設営するなどして、「マヤカシの平和利用」を演じた
ようです。
私は、イスラエルという特定国家を攻撃したいわけじゃなくて、
そもそも核発電を「平和利用」と呼ぶこと自体が、広く世界各地で
「核兵器開発の隠れ蓑」つまり「核のマヤカシ」なのです。ここでは、
その実例の1つをイスラエルの場合で紹介しているのですね。
インド洋上で(おそらく)核実験 — Vela Incident
結局イスラエルが核兵器を製造・保有するに至ったという証拠の1例
として、頻繁に挙げられるのが1979年9月22日のVela Incidentです。
インド洋南西部にあるプリンス エドワード諸島付近の南アフリカの
領海内で巨大な閃光が突如として走った事件で、イスラエルが
南アフリカと協力して体験核実験をやらかしたものと、多くの
関係者たちは見ています。
なお、南アフリカもその後1980年代に粗雑な核爆弾数個を保有した
ようですが、1990年代に政変があり、核兵器を廃棄しました。
そして1980年代半ば、ディモナ施設ではwhistle-blowing hero が
登場します ・・・
(以上、2026年8月追記)
*****************************
「内部告発ヒーロー」の登場
もう上記だけで、「かなり怪しい」ですよね?しかし、イスラエル政府は
「無理な白を切りとおして」いたのですが、1986年、ついにネゲブ
砂漠の当の施設にいた人物が、内部告発に踏み切りました。
Mordechai Vanunu(モルデカイ ヴァヌーヌ)という技術者でした。
彼はもともと、イスラエルの愛国者でユダヤ教徒だったのですが、
自国の政策に嫌疑を抱くようになり、世界を旅するうちにキリスト教に
改宗しています。(ユダヤ教から見れば、裏切り行為)
そのモルデカイさんがネゲブの施設の盗撮写真を撮り、施設の
詳細情報を英国のSunday Times という新聞社に密告したのです。
同社は、核兵器や発電の専門家たちに、密告内容を確認してもらって
いました。
ハニートラップ
その確認作業の間、Cindy という若い女性がモルデカイさんに近づき、
二人は急速に仲良くなったそうです。デートを重ねるうちに、Cindy は
モルデカイさんをローマ旅行に誘いました。
ローマのアパートに彼が入ると、待ち構えていた2名の男(モサドの
エージェント)につかまり、薬剤を注射され、テルアビブに輸送されて
しまったそうです。Cindy もモサドのエージェントだったのですね。
教科書的な「ハニートラップ」でした。
あわれ、モルデカイさんは国家への裏切り行為で18年間の
投獄に処されました。
Sunday Times のほうは??10月5日号に、Revealed: The
secrets of Israel’s Nuclear Arsenal(暴露: イスラエルの秘密核兵器)と
いうヘッドラインの記事を掲載しました。
それでも白を切る
ここまで来たら、核兵器開発を認めそうなものですが、イスラエル政府は
なお、白を切り続けました。それについては、c-4) で。
このモルデカイさんの内部告発に関しては、たとえば英国のBBCが
ドキュメンタリーを放送しており、YouTubeでもご覧になれます。
Nuclear Secrets 4 of 5 Vanunu and the bomb という番組で、
https://www.youtube.com/watch?v=aO9n0gXYkpw
にございます。もちろん、英語です。日本語字幕など、ありません。
日本の反核団体などがBBCと交渉して、日本語字幕を付けたものを
YouTubeなどにアップロードしてみては、と思うのですけどね。



