2022年4月
ページ Th-0) をお読みいただいた方々は既にお分かりと思いますが、
トリウム サイクルというのはトリウムを使った核燃料体系のことで、
特定の原子炉タイプに限ったことではありません。
要するに
そのページ Th-0) で説明した
Th 232 + n (吸収される) –> Th 233 –> (β崩壊) Pa 233 –> (β崩壊) U 233
半減期 ⇒ 約22 min 約27 d
という核反応を利用して、
・ 燃料そのものにはウラニウムをあまり含まないけど、
中性子線を照射して
・ Th 232をU 233 に変え、そのU 233を核分裂させる ⇒
大量の熱が発生 ⇒ その熱で水を加熱、水蒸気を発生 ⇒
タービンで発電
というのが、トリウム サイクルです。
確かに、
一見すると燃料中にウラニウムをあまり使っていないのですが、
・ 実は結局、核分裂させるのは U 233です。
(ついでながら、U 238など質量数が偶数のUは核分裂しにくく、
原子炉燃料や核兵器には使いにくいのです。U 235やU 233のような
奇数のものが分裂性で、使いやすいのですね。ただし、あとで言及する
U232だけは例外です)
・ それと、Th 232だけでは核分裂の連鎖を起こしにくいので、
分裂を始めるため、UまたはPuが少し必要になります。
「ウランを使わない原発」という主張がいかにmisleadingか、
お分かりになりますよね?
でも、なんでワザワザこんな面倒なサイクルを??
それなりに、利点があるわけです。それを3つにまとめて紹介
しましょう。
★1 ThはUよりも、自然界に豊富に存在しているようだ
【4-1-2】ウラン資源埋蔵量と確保状況 | エネ百科|きみと未来と。 (ene100.jp)
によれば、ウラニウムの確認可採埋蔵量(世界)は615万トンと
なっています。
トリウムの方は、どうも明確ではありません。
『次代を担う、エネルギー・資源』 トリウム原子力発電5-1/2 トリウム資源はどこにどれくらいあるのか?』 – 地球と気象・地震を考える (sizen-kankyo.com)
によると、ウラニウムの3-4倍だそうです。その他の文献を見ても、
やはり3-4倍としているものが多いです。ですから、ウラニウムよりも
おそらく大量に地球上に存在していると。
原発の初期時代には、ウラニウムは極めて限られた量しか存在して
いないと見られていたので、トリウムに注目が集まり、トリウム原子炉の
実験も各国で行われました。
そのうち、ウラニウムの量が充分にありそうなことが明らかになり、
トリウムへの関心が薄れていきました。
ところが。最近になって、下の2つの特性から、再度注目を集めるに
至っています。
★2 アクティノイド(という核ゴミ)が少ない
核ゴミの処分は、いまだにまったく解決できていない大問題ですよね。
トリウム サイクルではU233を核分裂させますが、これは中性子を
ぶつけた場合にU235(既存の軽水炉などの核燃料)よりも核分裂する
割合が高いのですね。そのため、従来のU235/Pu239燃料よりも、
超ウラン元素と呼ばれる物質のごみ発生が少なくて済みます。
★3 proliferation riskが小さいと主張されている
このページを作成するため、10数種の英語文献を調べたのですが、
現時点で日本以外の多くの諸国のトリウム サイクル推進論者たちが
アピールしている最大の利点は、このproliferation riskが小さいと
いうものです。
「メルトダウンしにくいよ~~」といった「事故危険性」の小ささ
などでは、ないのです。
これはなぜかというと、上述の
Th 232 –> Th 233 –> Pa 233 –> U 233
というプロセスでU 233が出来た後、このU 233はある種の中性子の
やり取りがあると、U 232に「変身」するのですね。つまり現実には、
トリウム サイクルの原子炉では、必然的にU 232も発生することになります。
このU 232が曲者で、
まず多くの場合、Uの同位体で質量数が偶数のものは分裂性ではないのですが
(U 238が代表例)、この232は例外です。
次に232は68.9年という比較的短い半減期で自然に崩壊し、Rn (ラドン) 224
——-> Bi (ビスマス) 212 –> Tl (タリウム) 208 などへと核種変換して
いきます。このRn 224やBi 212、Tl 208などが強烈なγ線を発するのですね。
ということは・・・
U 233で原爆を作っても、必ず内部でU 232が発生、さらにそれがTl 208など
へと変身していき、強烈なγ線を発してしまいます。すると、
・ 原爆の電子機器が壊れる
・ 敵国やテロ組織に発見されやすい
・ 製造作業が作業員にとって危険なものとなるので、リモートコントロール
での作業が必要
ということになりますよね。だから、トリウム サイクルは原発に転用しにくい
~~ と、推進論者たちは主張しています。これが本当かどうかは、
次の固定ページ Th-2) で取り上げます。
( > O<) で、トリウム サイクルだと、メルトダウンしやすいの?しにくいの?
という疑問を持たれた読者がいらっしゃらないことを私は願いますが、
もしいらっしゃったら ・・・ 正直に申し上げて、その方はフォーカスが
ずれています!
・ 上で述べた通り、トリウム サイクルの「最大の売り」はproliferation
関係の特性でして、「事故危険性」関連では、ありません。
・ トリウム サイクルに限らず、核発電と核兵器は不可分ですから、
「原発問題」を突き詰めていけば必ず核兵器問題に突き当たります。
・ その核兵器を保有する国が隣国を侵略、残虐の限りを尽くしながらも、
「手を出したら、核で攻撃するぞ」と脅されると、他国は下手に手を
出せない ~~ という実に困った問題を、2022年4月現在、世界は抱えて
います。そのため、世界のエネルギーや食糧事情なども混乱に陥っています。
日本国内では、「アメリカと核兵器を共有しよう」などという主張さえ
登場しています。
・ 別に、原発のメルトダウンなどを軽視しているんじゃ、ありません。
それも重大な問題です。ですが、核兵器が使用されると、メルトダウン
以上の惨劇を引き起こします。
ですから、核発電の軍事的リスクを具体的に取り上げず、「原発事故」
ばかりに関心を向けてしまうのは、フォーカスがずれていると言わざるを
得ないのですね。
ついでに、
日本では核発電の推進勢力も多くの場合、推進の理由として電力とCO2
削減をアピールしているのが目立ち、proliferationをあまり問題にして
いません。言い換えれば、推進勢力まで「フォーカスがずれている」、
つまり「ピンぼけ」なのですね。(自民党の石破茂さんのような例外は、
ありますが ・・ 上の黒いメニューで、ページ g-3) 参照。それと、
2019年2月の時点での経団連の会長さんは、なんとひどい事実誤認を
していたことか)
でもこれって、日本では反原発勢力も今まで「ピンぼけ」だったことにも、
1つの原因があるんじゃ?
対立しあう2つの partiesがある場合、相手の動きや特性が、自分たちが
どう動くかをある程度決めますよね。それが続いていくうちに、
相手が自分たちの特性やプラクティスをある程度形成することになります。
チェスや将棋などを思い起こしてくだされば。
核発電と核兵器の不可分性をわきまえた反核勢力には、世界から核を
廃絶するという使命があるハズです。それを実現できれば、2022年4月の
ような事態、「核による脅し」でニッチもサッチもいかないという事態も、
防止できます。
それなのに、「電力とCO2 VS 事故危険性」という二項対立を中心に
活動を続けてしまうと、核兵器という「すべてを破壊し尽くしてしまい
かねないリスク」が放り出されかねない ・・・
それと、こうした「運動のあり方」については、上の黒いメニューに
あるページ e) もお読みくだされば。もし、日本の市民多数が1950-60年代に
かけて「平和利用」というマヤカシに騙されていなかったら、福島第一原発
そのものの建設を未然に防止でき、当然そのメルトダウンもなかったかも。
で、話を戻して、トリウム サイクルの「事故危険性」については、
あまり情報もありません。
なくて当然で、既存のトリウム燃料原子炉の実験などを見ると、
BWRもPWRもMSR(後で説明)もその他もありまして、
事故危険性はウラニウム燃料の場合と、実はあまり変わらないようです。
ただ、トリウム燃料はMSR (Molten Salt Reactor [溶融塩原子炉]、
後日新たなページで説明します。SMRと混同しないでね) と親和性が
高く、推進勢力の一部はMSRでのトリウム燃料ならメルトダウンしない
と主張しています。でも、これについては後日新たなページで考えましょう。
それと、今までに一部でもトリウム燃料を使用していた原子炉で実際に
発生した事故の主な実例としては、カナダでのNRXがあります。
これについて、下記で短く紹介しますね。
NRXという原発の、部分的メルトダウン
NRXというのは、かつてカナダのオタワから200㎞ほどの場所にあった
実験的な原子炉で、カナダのNational Research Council (NRC、
国立研究評議会) が運用していました。NRCは二次大戦中には、
アメリカならびに英国とマンハッタン プロジェクトに協力していました。
NRXが稼働を始めたのは1947年7月のことで、それが‘52年12月に部分的な
メルトダウンを起こしたのです。原子炉の重大な事故としては、世界初の
ものでした。
この原子炉では、トリウムを核燃料として使用する実験も行っていました。
(トリウム燃料だけ使っていたわけじゃ、ありませんよ)
NRXは冷却材としては軽水を、減速材としては重水を使い、さらに
密閉した高圧ヘリウム ガスで「カランドリア」という炉心内の圧力を
一定に保っていました。
さらに制御棒も、電磁石と気圧システムで出し入れしていました。
この気圧システムが、あとで問題になるのですね。
(なお、「冷却材」、「減速材」、「制御棒」といった基本用語に
ついては、すでにご存じの皆様を「やかんをのせたら~~」の読者として
想定しております。したがって、ここでは説明しません。
こうした基礎用語の説明は、他の原発問題入門者向けサイトや書籍などを
ご覧くださいな)
で、事故の当日、制御棒の一部が充分に挿入されていないという問題が発生、
赤い警告ランプが点灯しました。現場の監督官は事故現場を調べに行き、
そこからコントロール ルームに電話で、指示を伝えていました。
「X番、Y番、Z番の制御棒、気圧システムで充分に挿入しろ」といった
指示です。
ところが。最初の指示でその監督官、間違った番号を指示しちゃいました!
もちろん、正しい番号を言い直したのですが、何せ事故を防がねば!
という状況ではだれでも急いだ行動をとるもの。コントロール ルームの
オペレーターさん、最初の誤った番号の指示を受けた時点で電話を切って
しまい、結局必要な番号の制御棒は充分には差し込まれず ・・・・
以上がNRXの部分的メルトダウンの概要ですが、お判りのとおりNRXは
特にトリウム用の原子炉であったわけではありませんし、上述の事故も
トリウム燃料に固有のものじゃ、まったくありません。
ま、そんなわけで、次回アップロードするページではトリウム
サイクルのproliferation riskを検討します。
********* おまけ *********
重水炉という「曲者」
それにしても、減速材にワザワザ高価な重水を使う「重水炉」なる原子炉が
あることを不思議に思われた方々も、いらっしゃるハズ。電気代が高く
なっちゃいますよね~~。
この「おまけ」は、その点に関心のある方々向けです。
重水は軽水(その辺の水)よりも、減速材としての効果が強いのです。
ですから、カナダで開発された重水炉のCANDUという原子炉では、
濃縮ウランではなく天然ウランを核燃料として使用します。
問題は ・・・
重水や黒鉛を減速材として使用した原子炉では、Pu 239も軽水炉の
場合よりも高濃度で製造されちゃうんです! ですから黒鉛炉
(ヨンビョンにありますよね) や重水炉の建設検討が始まった場合には、
その「真の用途」が何なのか、目を凝らして見つめる必要があるのですね。
上述のNRX原子炉を元にしたCIRUSという研究用原子炉がインドは
ムンバイのバーバ核研究センターにありました。重水炉でした。
1950年代半ば (まだIAEAは結成されていません)にカナダから
インドへと供給されたもので、重水はアメリカが提供していました。
燃料は天然ウランで、1960年に臨界に達しました。
で、このCIRUSで製造されたPu は、どうなったのか? 少なくても
その一部は兵器グレードPuになり (上の黒いメニューで、ページ c-1) 参照)、
1974年のインド初の原爆実験Smiling Buddhaでの原爆に使われたのでした。
なお、CANDU原子炉は1964年にはカナダからパキスタンにも販売されて
います。そのパキスタンも後に核兵器保有国になったのは、
ご存じのとおりです。
「何、あれ? 怪しそうな ・・・」
私の20分クロッキーより
こんなわけで、反核団体などで 「核発電の軍事的リスク」 を専門に
する方々は、原子炉各タイプの特性も基本的に把握しておく必要が
ございます。「やかんをのせたら~~」 で新型原子炉核種の紹介を
しているのは、それも理由の1つなのですね。