2021年12月
この10月にパキスタンの「原爆の父」と呼ばれ、「闇の各ネットワーク」の中心でもあった A. Q. Khan 博士が他界しました。パキスタンでは、国家葬儀だったそうです。
「裏を見てみると ・・・」 前半
私の20分クロッキー数点を「組み合わせてカットした」実験より
で、「やかんをのせたら~~」の固定ページ f-3)と f-8) (上の黒いメニューに
あります) で私は、Khan博士の「闇の各ネットワーク」についても言及して
おります。
でも、f-8) を作成した2020年12月の時点では、
” このカーンの「闇のネットワーク」は世界的に広がっており、実際に機器類などの製造や配送に関わった国々は13にのぼっていたそうです。Geleskulさんはその13の諸国を名前で列挙してくれています。ドイツ、スペイン、イタリア、リヒテンスタイン、マレーシア、UAE、パキスタン、韓国、シンガポール、トルコ、スイス、南アフリカ、そして日本。”
そして、
” ・・・読者の皆様の多くは、上の13か国の中に日本の名前があるのに、驚かれたのでは? リビアの核開発に日本の企業が絡んでいたのは、実はよく報道されていたことなのですが、困ったことにその企業の名称がインターネットのどこを探しても判明しません。”
と記しておりました。私が、その日本企業の名称をその時点で忘れており、どこを
探しても見つけられなかったのですね。
で先日、この関与していた日本企業の名称をようやく見つけました。発覚当時には日本のマスメディアでも広く報道されており、裁判所も有罪判決を下し、今もインターネットで明記されている(ただ、日本語の記事ではなく、英語の報告書なのですが) のですから、私はその企業に対して何の悪意もないのですけど、名称を出して問題はないはずです。
核発電から核兵器に発展してしまう転用のリスク (proliferation risk) がある限り、その
転用に必要な機器や技術も監視が必要となってしまう ⇒ 現実には、結果的に核発電が
技術開発や普及の障害として機能してしまう
というパターンの現実化した例とも言えますよね。
そんなわけで、この日本企業がカーンの闇の核ネットワークに関与してしまった実例を紹介している報告を、抜粋・日本語化で紹介しますね。
「裏を見てみると ・・・」 後半
私の20分クロッキー数点を「組み合わせてカットした」実験より
The Nuclear Threat Initiative (TNI) という独立系のNPOがアメリカにあり、2001年の
設立以来今も、大量破壊兵器 (WMD)に反対する活動を展開してらっしゃいます。
そのNTIによるThe Mitutoyo Case: Will Japan Learn from Its Mistakes or Repeat Them? (Mitutoyo事件: 日本は過ちから学ぶのか、それとも繰り返すのか?) という報告
からの抜粋・日本語化です。
2007年7月30日付の報告で、The James Martin Center for Nonproliferation Studiesの
研究員であるStephanie Lieggi と Masako Toki 両氏の著作です。現在(2021年12月)
から見ると、もう14年も前の報告書なのですが、この種の「やらかし」は今後も
また発生する危険性があるので、核兵器や核発電に反対するのなら、記憶に留めて
おきたい内容です。
(私による日本語化、<> の中は私からの注釈)
はじめに
ここ2~3年、日本の企業数社が輸出規制への違反に巻き込まれている。そこでは、扱いが難しい「デュアル ユースの」<平和利用と軍事利用の両方が可能な> 技術の拡散を日本政府が制御するうえでの欠点が浮かび上がっている。特に目立ち、ひどい実例の1つが、Mitutoyo 株式会社である。同社は精密測定機器の一流メーカーだ。この実例での中心は、同社がそのマレーシア子会社にシンガポール経由で、2001年から2005年にかけて精密測定器を5台、非合法に送付したことにあった。2007年6月、このケースに対する重要な法廷判決が2件下された。まず6月25日、日本のある法廷 <東京地裁> は同社の前取締役4名に対し、複数年の懲役刑を言い渡した。また同社に対しては、4,500万円(<当時の為替レートで> およそ35万米ドル) の罰金刑を課した。その翌日、日本政府は2つの期間からなる輸出禁止をMitutoyoに課し、その全期間は3年間に及んだ。
Mitutoyoの輸出活動に対する捜査は2003年の終わりごろに国際原子力機関 (IAEA) による調査の後で始まった。2004年初め、リビアの今では廃棄されている核兵器開発プログラム用の施設で、Mitutoyoの精密測定器が1台発見された。リビア政府は2003年に核兵器を諦めたのだが、そのときまではパキスタンの科学者A.Q. Khanならびにその核サプライヤーのネットワークと接触していた。<上の黒いメニューで、ページ f-8) を参照> このネットワークはリビアに対し「ターンキー型」<納品・設置してもらえば、あとはスイッチを押すだけで使用できる> 核兵器を提供するプログラムを進めていた。 [1] このMitutoyo の測定装置はデュアル ユースで、核兵器用にウラニウムを濃縮するための遠心分離機の製造支援にも使用できる代物であった。これは日本からMitutoyoのマレーシア子会社へと移送され、そこからさらにKhanの一味に売却された。<文字色強調は、私>(その際、少なくても別の測定機器1台も併せて販売されていた) Mitutoyoによるこの転売が最も悪名高い行為になっているが、同社はそれ以外にも 10年以上にわたり、必要な許可なしに何千台もの機器を輸出しており、上述のものはそのうちの1つにすぎない。[2] 日本の放棄を迂回するために同社が取ったステップは前例のないもので、しかも輸出実績を拡大するためのビジネス戦略全体の一環であった。
上記の実例で起訴されたMitutoyoの取締役4名は懲役判決を受けてこの裁判は終了した
のではあるが、実はこの判決には執行猶予がついており、実際にはこの4名の誰も
投獄されることはないだろう ・・・・・ <まだこの段落は続くのですが、
あまり長くなるので省略>
(他の日本企業に言及する個所にまで飛びます)
この次はしっかり
Mitutoyoの違法輸出は、ここ2-3年に日本で浮上した不法輸出の実例数件のうち、1つにすぎない。それ以外の近年の輸出規制違反の実例の中には、Yamaha Motor社のような
大企業によるものから、Seishin Enterprises社のような比較的小規模のものもあった。
後者はイランとミサイルがらみの貿易を行い、刑罰として2年間の輸出禁止が課された。[23] 日本の核関連の歴史を考えると、日本政府は歴史的に核拡散という問題には
敏感に反応している。このところの輸出規制への違反行為のため、日本政府による
輸出規制システムへの信頼が揺らいでいるが、それを機に政府は関連法令の抜本的
改正を実施することもできる。
(少し飛びます)
そうした新法案が成立するものと仮定して、それによる変化は1987年以降では最初の
日本の輸出規制法規の大がかりな改正となる。1987年に日本の国会はToshiba Machinery社による大掛かりな違法輸出行為に対応したものであった。1982年、Toshiba Machinery はコンピューター制御の多軸フライス盤を<当時の>ソヴィエト連邦へと輸出した。
これは<当時あった> COCOM <という対共産圏輸出規制> の規則に違反するもので、この違法販売の結果、ソヴィエト連邦は同国の潜水艦艦隊のプロペラを大幅に改善する
ことができたとされている。この違法輸出の詳細は1987年になってようやく知られる
ところとなり、輸出規制への違反が国家ならびに国際的安全保障にどれだけ深刻な
影響を及ぼすか、世に知らしめることとなった。
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「日本には、非核三原則がある!だから、日本企業が核兵器のネットワークなんぞに、
加担しているはずはない!」などと決めつけていると現実を見誤るということが、
よく分かりますよね。
「闇の核ネットワーク」が既に暗闇で蠢いている以上、「デュアル ユース」の技術が
そうしたネットワークの手に渡ってしまうリスクは確実に存在しています。しかし、
一般的に技術というものの開発をやめるわけには、まいりません。
なら、核に代表されるWMD(大量破壊兵器) の方を廃絶するしか選択はないですよね。核兵器を廃絶するなら、当然、本来は「プルトニウム製造工場」であったし、今でも
その「本来の用途」に転用できる発電用原子炉も、廃絶することになります。