2022年1月
では、その2021年9月7日付 “The history of nuclear power’s imagined future:
Plutonium’s journey from asset to waste” (核発電が夢見た未来の歴史: 資産だった
はずのプルトニウムが、ごみに変わるまで) から、抜粋紹介しますね。
「終末時計」で有名なBulletin of the Atomic ScientistsのWilliam Walkerという
方による文章です。Walkerさんは、スコットランドのセント アンドリュー大学で
国際関係を教えておられる教授だそうです。
The history of nuclear power’s imagined future: Plutonium’s journey from asset to waste – Bulletin of the Atomic Scientists (thebulletin.org)
にございます。
「あの時計なのね ・・・」
私がかなり昔に描いた人物デッサンより
なお、Doomsday Clockで世界的に有名ですよね
このBulletin of the Atomic Scientists は、1947年以来もう何十年もDoomsday Clock
(終末時計) で世界に知られていますよね。
2022年1月22日 (JST) 現在、この75歳になる Clock は、「100秒前」を指しています。
ヒトというのは何年も警鐘が鳴り続けると「慣れて」しまうもので、一部には
「100秒前? 自分たちのアラートに気付いてほしいから、大げさなこと言ってる
だけじゃないの? COVID は大変だけど、それで世界が滅びるとは思えないし」
なんて反応を示される方々もいらっしゃいます。
でも、COVIDや東アフリカー中東・インドの一部でのバッタの巨大軍勢、先日の
トンガでの噴火と津波、気候変動など「核以外」の要因は別にして (本来、
Doomsday Clock は核戦争を主に意識して始まったアラートです)、核関連だけを
見ても、「やかんをのせたら~~」をお読みくださっている皆様なら
下記のような深刻な問題をご存じですよね。
🔥 JCPOA再建交渉の難航 ・・ 「やかんをのせたら~~」のHome ⇒ 2022年
1月10日や2021年12月8日、その他
🔥 タリバンがパキスタンの核兵器に食指?? ・・ 2021年12月20日、その他
🔥 中国のICBM用サイロ新増設 ・・ 2021年10月11日、その他
🔥 それに対抗して、アメリカのNRCは中国CGNへのある種の放射性物質などを
禁輸 ・・ 2021年10月8日
ウクライナやカザフの情勢などを考え合わせても、世界は「ネオ冷戦」に突入し
つつあるようで、「やかんをのせたら~~」では今後もDoomsday Clock を時折
見ながらコンテンツを作成してまいりますね。
“Facing Off” (睨み合い)
私の昔の作品より
で、「プルトニウムがゴミになるまで」に話を戻すと …
1953年12月の Atoms for Peace演説の頃から、プルトニウムを「未来の、夢の
エネルギー源」と見る幻想は核発電界隈では支配的でした。実際、EBR-1 (Experimental Breeder Reactor – 1) という実験的な高速増殖炉が世界初の核発電に
成功したのは、上記の演説の2年前、1951年12月のことでした。もっとも、
その時の発電量は200W x 4 程度でしたが。
EBR-1 は高速増殖炉でして、Puを増殖させるわけですね。(高速炉でPuをどう
するのかについては、上の黒いメニューでページ tw-1) を参照) アメリカの
アイダホ州にあり、当時のArgonne National Laboratoryが運用していました。
同じく1953年には、この原子炉で「Puの増殖」が実際に行えることが実証
されました。しかし、1955年1月に部分的なメルトダウンを起こし、1964年に
稼働停止、EBR-2 に引き継がれます。
EBR-2については、また後日。ただしご注意いただきたいのは、「高速炉では、
メルトダウンが起こらない」わけじゃなくて、設計や稼働の在り方次第で、
実際にメルトダウンを起こしたという事実ですね。
我々にも relevant
ある意味、核燃料サイクルに固執する日本政府の基本方針は、こうした
「Puのはかない夢」から目覚めないまま、とも言えますよね。その意味で、
この “The history of nuclear power’s imagined future: Plutonium’s journey
from asset to waste” は現在の日本の核政策にも relevant なテキストです。
そんなわけで、そのテキストから私が抜粋・日本語化して紹介して
まいります。
(私による抜粋・日本語化、< >内は私 Heeday による補足説明)
・・・・・(冒頭部、省略)・・・・・
<発電用か原爆用か> いずれの用途であれ、プルトニウムの歴史とその遺産とを
取り上げた書籍が、最近登場した。Frank von Hippel、Masafumi Takubo、
Jungmin Kang.[1] による共著だ。<プルトニウム関連の> 技術的な苦労と
最終的な失敗、そしてプルトニウムが不可欠なエネルギー源からいつまでも
厄介なゴミと見なされるにいたる歴史的変遷を取り上げている、心に残る研究だ。
桃源郷への道か、それとも地獄か?プルトニウムの将来に関する葛藤
同著の冒頭には、1940年代初頭のプルトニウムの発見から関連技術の急速な発展に
至る様子が描かれている。兵器用と製造システムの両方を含み、第二次世界大戦から
冷戦時代へと続いていく。その歴史の初期には、Puの民生用途は少し考えられた
だけであった。それが変化したのが1960年代から1970年代のことで、プルトニウムを
中核に置いた核発電の未来を空想し、それが他のエネルギー源にはないほど巨大な
潜在能力を持っているのだと信じられた時代だ。そしてそれに関して、社会の中で、
また国家間で、深刻な諍いや分裂が発生した。当時の研究開発ラボや産業界、
多数諸国の政府は核発電による電力供給の大規模拡大を唱えていて、それが問題に
なったのだ。この拡大を続けるためには、ある転換を実現せねばならなかった。
その転換が、ウラニウム燃料によるthermal (熱中性子、つまり減速中性子、
上の黒いメニューでページ tw-1) を参照) 原子炉(主に軽水炉)から、
プルトニウム燃料の「高速増殖」原子炉への移行だった。高速増殖炉は消費する
以上に燃料を「増殖」するので、ウラニウムの供給という制約を克服でき、
核燃料への需要増大に伴う価格上昇の影響もうけない<とされていた>
・・・・・(中略) ・・・・・
紀元2000 年には「プルトニウム経済」が始まり展開しているはず、との見方が
広まっていた。[2]
エネルギー源の希少性の克服と巨大技術による夢のような未来への待望だったが、
それには2種類の地獄絵図が対立していた。1つは核兵器の拡散だ。<使用済み
核燃料から抽出した>プルトニウムが、再処理工場から広く入手できるようになり、
再処理工場は監視体制の監視対象から外されたり、あるいは防御困難とされた。
もう1つは、未来になっても高速炉は事故を起こしやすく死を招く放射性物質を
放出してしまう、というものだ。この論争をさらに激化させたのが、エネルギーの
今後に関する方針の食い違い(大規模の集中化したエネルギー製造施設を中心とする
「ハード」路線と、それに対し小型で分散型の再生可能エネルギー源を求める
「ソフト」路線)、原子炉の燃料補給と排出の管理に関する方針の違い(1回
使用したら廃棄するのか、再処理を行うのか)、そして放射性廃棄物の封じ込めと
最終処分の方式の違いであった。
この核エネルギーの将来に関する論争を国際的に拡大したのが、民生用核エネルギーの
拡大を提唱し、しかも核エネルギー技術と放射性物質の主な供給者であった
アメリカによる路線転換であった。何とアメリカが、<それまで進めていたはずの>
再処理と高速増殖炉開発をやめようというキャンペーンを始めたのだ。石油ショック
<1973年秋、中東の軍事情勢に対応するためアラブの石油産出諸国が原油価格を大幅に引き上げました。そのため、世界的にエネルギーの不足やインフレーションが起こった
現象のこと> で核エネルギーの将来という空想には拍車がかかっており、World
Energy Conference (世界エネルギー会議)その他の権威あるものとされていた団体が
この空想を煽り立てていた。ところが1974年、インドが発電からのプルトニウムを
使って核爆発試験に成功、それを受けてアメリカ政府がパニックに陥った。<上の黒い
メニューで、ページ t-3) の「アメリカだけじゃない ・・ インドの実例」という箇所を
参照> 今、これを記している私の手元に、その当時に行われた典型的な研究論文が
ある。その研究の中核をなすシナリオでは、2020年までに全世界での原発の合計
発電容量は2,550 ギガワット (GW) に達し、そのうち394GWが高速炉によるものと
していた。(2020年の現実はというと、合計容量は420 GWで高速増殖炉による発電は
行われていない)[3] さらにこの<1970年代の>研究では、プルトニウムの大量の
備蓄と再処理の利用とを必要とする国が、2020年までには17か国に達するとしていた。
・・・・・(中略) ・・・・・
この<インドによる民生用プルトニウムを使用した核実験という> 事態を防止でき
なかったアメリカは、各国の再処理システムの規模と統制に関する合意を得るように
するという、実質上は再処理の封じ込め政策へと路線を転換した。核兵器保有国である
英国とフランスには、いうなれば「核燃料再処理をしてよい2か国」というステータスが、現実上認められた。さらにドイツと日本は非核兵器保有国の中では例外的に、
「将来再処理をしてよい2か国」という立場が認められたのだ。厳格な
<核兵器転用への>防御策と物理的な防止策とが適用され、西側同盟に属していない
国(西側同盟国であっても、韓国など一部諸国も含んでいた) への再処理技術の転移は
禁じられ、さらにフランスや英国に運び込まれたある種の使用済み燃料に関しても
アメリカは同意権を保持することになった。フランスは厳格な輸出制限に合意し、
それを受けてアメリカ政府は心をなだめた。[5] つまり、パキスタンやその他の
「憂慮すべき諸国」にフランスは再処理関係の輸出を計画していたのだが、それを
キャンセルし、あたかも核不拡散条約の加盟国で “あるかのように” ふるまった
のであった。(実際にフランスがこの条約を締結したのは、1992年のことであった)
・・・・・(中略) ・・・・・
福島第一の惨事が発生し原発が停止する以前から、日本の再処理とPuリサイクルは
既に大きな問題に直面していた。六ヶ所村再処理工場は時折にしか稼働できず、
MOXでのPuリサイクルは進まず、日本の原発から出てフランスや英国<の再処理工場>に送り込まれていた使用済み核燃料は再処理工場に置き去りにされていた。
この置き去りは無期限に続く可能性も高かった。(長い話を極端に短くすれば)
MOX燃料に加工して日本に送り返すことができなかったためである。[10]
大量にまとめて再処理することで再処理を辛抱強く進めるという方針を宣言しては
いたが、それはあまりにも突拍子もない、継続不能な目論見であることが明確に
なっていった。日本は実はPuの軍事利用を選択肢として保持しておきたいので、
そのPu政策を捨てないのだ、という推測もすでに長年 <他の諸国の間では>
存在していたが、von Hippelと共著者たちによれば、日本が六ヶ所村再処理工場に
固執を続けている主な理由としては、まず電力各社が原発からの使用済み燃料の
保管場所として六ケ所村工場に頼るしかないことが挙げられる。それに劣らず、
第2の理由として、青森県がこの工場に伴い国から受け取る収入と雇用を当てに
していることがある。[11]
これら関係諸国の中で、自国の再処理工場が稼働を続けてきているという点で
成功者と呼びえるのは、フランスだけである。そして英国と異なり、フランスは
MOX燃料の製造でもある程度の技術的な優秀さを示している。[12] それでも
Pu分離と再処理の比率が合致したことは稀で、余ったPuが膨れ上がっている。
しかもPuリサイクルを実現した範囲内でも、それは巨額の補助金でなされた
ものであり、電力料金も上がり、核発電の本当のコストは隠蔽されてきている。
フランスの国営電力会社であるEDFは膨大な赤字を抱えており、再処理との
かかわりを極力隠すよう努めている。英国にはヒンクリー ポイントに建設中の
ものを含めEDFが所有・稼働している原子炉がいくつかあるのだが、そこから出る
使用済み核燃料は、再処理されない。これは、この問題の深刻さを如実に物語って
いる。
・・・・・(中略) ・・・・・
中国の再処理プログラムの軍事的側面を考えれば、Plutonium Management
Guidelines (プルトニウム管理ガイドライン) に則る中国からIAEA への
民生用プルトニウム蓄積の報告が、2017年で停止していることの説明ができる
かもしれない。この年、中国での試行用再処理工場が稼働を始めたのである。
中国が再処理や高速炉に投資をしているのは、核兵器を増大したいという意図から
来ているのではないか、という不安がある。そうであれば、東アジアの不安定性が
悪化し、さらには中国がやめさせようとしていたはずの韓国や日本のプルトニウム
抽出に対する関心も高めてしまう結果となろう。発電用だという主張の下に核武装と
いう真意が隠されていた、という場合が過去には頻繁にあった。したがって、
抽出したPuの経済的有用性という神話を、明確に打破することの必要性がなおさら
高まる。
<文字色強調は、私 Heedayによる>
・・・・・(中略) ・・・・・
かなり長くなるのですが、最後の部分はしっかり読んでみましょう。
<使用済み核燃料から> 抽出したプルトニウムは、ゴミにすぎない
再処理を行うと、公衆の安全と国際的な安全保障の両面で危険が消えないという
ことを、本書の著者たちは読者の皆様に改めて思い起こしていただきたい。つまり、
事故が発生して放射性物質が漏れてしまうリスク、核兵器の拡散につながるリスク、
核を用いたテロリズムに至ってしまう危険性、さらには放射性廃棄物の処分がさらに
複雑化してしまうという望まれざる問題、である。「我々の見解としては、目的を
問わず、プルトニウムの抽出を禁止すべき時期が来ている」というのが、著者たちの
結論である。(ボールド字体は、原文のまま) そうなることを願うが、アメリカを
はじめその他諸国の政府も この呼びかけに応えそうにない。諸国が抱えている問題は、
この他にも多数ある。気候変動、パンデミック、軍拡競争など多数あり、プルトニウム
抽出は優先順位が低いとされる。さらに諸国は、こうした禁止が過去に失敗して
きたことを知り過ぎている。商業分野であれ、軍事分野であれ、失敗が続いたのだ。
1970年代のカーター政権の政策から、1990年代の Fissile Material Cutoff Treaty
(兵器用核分裂性物質の生産禁止条約)の挫折、そしてそれ以降も。
この書物が叫び求める結論には、もう1つある。プルトニウムを抽出してエネルギー源
として使用しようとする実験は、今でははっきりと失敗であったと断言できるのだ。
「抽出した民生用プルトニウムは、ゴミにすぎない」ということは、経験から
明らかだ。この著作には多数の図表が入っているが、そのうちの最初のものを
ここで紹介しておく。<上に示したリンク先の英語原文にあります。ぜひご覧
くださいな> それを見れば、はっきりと分かる。1980年代半ばまでは、世界の
抽出Puの蓄積のうちほとんどは兵器関連であり、核弾頭に入っていたものだ。
ピーク時で200トンほどであった。ところが今や、この蓄積は500トンを超えている。
この急増は、プルトニウムの抽出が消費を上回ったことによる、民生分野での蓄積が
膨張したことによる。現在の抽出Puの蓄積の中には、冷戦終了後にロシアとアメリカ
両国が核弾頭を解体したことによるPuも含まれている。これも、実質的にはゴミで
ある。[16]
(原文では、ここに「世界の抽出プルトニウム蓄積」というグラフ。
1970年あたり以降、発電からの抽出プルトニウム蓄積が急増)
このグラフを見れば、抽出したPuには市場で売れるような価格が付かないことが
分かる。電力会社は、MOX燃料は本質的にウラニウム酸化物の燃料と比べて数倍も
製造コストがかさむため、MOXの使用を嫌がる。これは、Puの方が放射性が強く、
大がかりな防御対策が必要となるためだ。今までの習慣として、再処理のコストを
価格設定から排除してきたのだが、それでもなお高くつくのだ。さらに使用済みの
ウラニウム燃料と比べると、使用済みMOX燃料に含まれる各種放射性物質は毒性が
強い。そのため有害性が強く、保管や処分がさらに困難となってしまう。
したがって民生用プルトニウムは資産などではなく、「必要物に対する余剰」など
でもなく、単なるゴミなのだ。この真実を世界に知らせ、認知を広めねばならない。
特に、核エネルギーには有望な未来があり地球温暖化の回避のために貢献できると
信じている各国政府や電力会社、産業界は、この真実を認識すべきだ。von Hippelが
最近に本Bulletinに寄せた記事で列挙している理由から、ビル ゲーツは自ら投資して
いる企業Terrapowerの関与しているPu燃料・ナトリウム冷却式の「多用途の発電用
原子炉」 <TWRのことです。上の黒いメニューでページ tw-x) を参照> には商業的な
未来があると信じているようだが、これは騙されているとみなすべきだ。[18] さらに
ゲーツがこの原子炉をサポートしているのは、Puが貴重な燃料であるという神話を
長続きさせてしまう結果につながりえるので、歓迎されない。社会の安全にも、
国際的な安全保障にも、Puがもたらすリスクは容認される範囲内のものだ、
という神話である。再処理技術が生み出すものは資産創造などではなく、ゴミなのだ。
価値を作り出すのではなく、コスト増やすだけである。こうして見ていけば、
再処理には未来はない。
民間での再処理がすべて明日に廃止されたとしても、再処理という実験が後世に残す
ものは、300トンを超えるPuゴミを警備し処分するという大変な作業なのだ。これに
アメリカとロシアの核兵器の余剰分Puを加えると、ゴミの量はさらに増大する。
<この問題について> いろいろな提案がなされ、消えていった。特殊な設計の
原子炉で燃料として使えばよいのか?他の放射性ゴミと混ぜればよいのか?
運び出せないような措置を施したうえで、地下に埋めればよいのか?宇宙に放り出す
のか?いずれを選択しても、巨大なコストを要し、実行は容易ではない。実施
しやすい解決策が見当たらない以上、Puゴミのほとんどは今後何十年間か、地上に
保管されることになろう。すると、充分な注意が払われなくなる危険性もある。
この危険極まりないゴミを、どうすれば恒久的に安全で危険性のないものに
変えられるのか?今や、それが問題なのだ。
*******************
長い抜粋にお付き合いくださり、ありがとうございます。
特に日本にいる反原発派がアピールすべき点の1つとして、上のピンク文字で強調した
個所があります。
つまり、
仮に日本政府が再処理に固執する理由が、まったく軍事要員を含まないものであったと
仮定しても、
それでも日本外からは「核武装をにらんでいるのか?」という嫌疑は持たれてしまう
ということですね。
これでは当然、周辺諸国に日本が核兵器廃絶を訴えても、相手にしてはもらえなく
なりますよね。再処理サイクルへの固執は、外交戦略にも不都合をもたらし
かねません。
それとも、東アジアでは日本も含めた諸国が核兵器を持って睨み合いを続け、
それを「核抑止による平和」だと呼んで、「これでいいのだ」 にしちゃうのか??
← 私には、これは正気の沙汰とは思えません!
核も含めたWMDと核発電が地球からなくなる日を、私は祈っております!
過去の悪夢からの自由を!
私の昔の作品より
( -へ-) 余談: 日本の一部政治家たちのノスタルジア症候群
あくまで余談ですが、「プルトニウム経済」にいまもこだわり続け核燃料サイクルに
固執する日本政府を見ていると、メンタリティーが1960年代に固着してしまった
「ノスタルジア症候群」ではないかと ~~ 日本経済が急成長した60年代から、
一歩も動けない悲惨なメンタリティーではないか、ってわけですね。
単に核燃料サイクルの問題だけじゃなくて、
たとえば
2021年の6月に、当時の菅総理大臣が党首会談で、東京オリンピック問題を論じた~~
というより話題にしたときに、1964年の東京オリンピックでの選手の皆さんの
奮闘などを延々と語ってましたよね。もちろん、話をごまかしたかったという
意図もあったのでしょうけど、「高度成長時代のノスタルジアから抜け出せず、
目前の現実の問題を話し合おうとしない」ことに、変りはありません。
私自身は、2022年1月現在、日本で特に支持政党がない「無党派」の一人ですが、
こうしたノスタルジア症候群にどっぷり漬かった人物やその傾向がある政党が政権を
握ることには、強く反対します。
現在そして今後の現実問題をしっかりと直視する人たちが、政治を担当して
くれませんとね。