2021年10月
(このページ、かなり長いです)
アメリカが一部の商用原発で、「意図的に」トリチウムを製造していることは、ページt-1) までで確認できました。しかし、2H(デューテリウム、(二)重水素)や3H(トリチウム、3重水素)など製造して、何に使うのでしょうか??
ずばり、核兵器です。核弾頭のなかに配置して、核分裂で発生する高熱や放射線を利用し 2H と 3Hを核融合させます。その結果、同じ量の235U や239Puで、核爆発の威力を桁違いに強化できるのですね。
→ そこでまず、核兵器の種類を紹介します。
→ 次に、1954年の第5福竜丸の悲劇の原因についても、短く言及します。
→ そして、現在の核兵器には2Hと3Hが不可欠だということを要約します。
核兵器の種類
「原爆」と「水爆」??
日本では伝統的に、核爆弾を「原爆」と「水爆」と呼んできました。そして、原爆は核分裂で、水爆は核融合だと。ですが、この二分法は誤解を招きます。
1954年の、有名な「第5福竜丸」の核被害のことをお聞きになってらっしゃると思います。「水爆実験」からの死の灰で漁船の乗組員の皆様が被ばくされ、無線長さんが死亡された、という悲劇ですよね。
で、チョット待ってください。「水爆」が純然たる「核融合」なのだったら、爆発後に出るのはヘリウムなどのはずで、なぜ237Np(ネプトゥニウム237)その他の「死の灰」が降るのでしょうか??
答えは、このビキニ環礁で爆発し人命を奪った核爆弾は、「純然たる核融合爆弾」ではなく、「核分裂と核融合を併用した核爆弾」だった、ということです。
まず、「純然たる 核分裂爆弾」
「広島を焼いた原爆はLittle Boyという名前で、ウラニウム型。長崎のはFat Manで、プルトニウム型」
これは、反原発運動などに参加されらっしゃる皆様の間では、よく知られた事実です。
では、この両者それぞれ、全体としてどれだけのサイズそしてウェイトだったのでしょうか?
これはインターネットを探してくだされば、すぐに見つかります。
だいたい、
Little Boy 全長3m、直径71㎝、重量4.4t
Fat man 全長3.3m 直径1.5m 重量4.7t
両者とも核爆弾の歴史の最初期に作られた原爆で、大きいですね。
Quoraというウェブサイトの”How much does a nuclear warhead weigh? —” というページでリサーチ科学者の方が記しているのを見ると(How much does a nuclear warhead weigh? How heavy of a warhead can be carried by an ICBM? – Quora)、2018年の時点で、アメリカで実際に配備されている核弾頭の大半は重量が50kgから1tだそうです。現在配備中のもので最大の弾頭でも、1.1t だそうです。確かに、発射して大空を超音速で飛行するわけですから、あまり巨大で重いと困りますもんね。
対して、旧冷戦時代のICBMの核弾頭は、旧ソヴィエトのもので5t、アメリカのもので4tほどの重量だったそうです。こんなに重いものを大空へと飛ばすのがいかに大変か、容易に想像できますね。ですから、現在では重量を軽くして、しかも破壊力は劣らないミサイルを開発し配備しているわけです。確かに、Little BoyやFat Manもミサイルで飛ばすことはできず、大型爆撃機(B-29)に乗せて運びましたよね。
でも、原爆の重量を削減しながら破壊力は保つって ・・・ どうやるの??
「核分裂のみ」は、最初期のもの
いうまでもなく、1945年夏に落とされた2つの原爆は最初期のもので、「核分裂だけ」を使っていました。それでもこの大きさ・重量から、あれだけの悲劇を招き何十万人もの方々を焼き殺したのですが、「爆薬材料の重量に対する破壊力、という効率」という点では、決して優れたもんじゃありませんでした。英語版WikipediaのNuclear weapon designという項目のGun-type assembly weaponという段落を見ると(Nuclear weapon design – Wikipedia)、
Analysis shows that less than 2% of the uranium mass underwent fission;[12] the remainder, representing most of the entire wartime output of the giant Y-12 factories at Oak Ridge, scattered uselessly.
(私による日本語化)
分析結果から、(広島原爆の)ウラニウムのうち、実際に核分裂を起こしたのは2%未満であることが判明した。残る98%以上は、つまりオーク リッジにある巨大なY-12工場は第二次大戦中の期間の大半をこの原発のウラニウムの製造に費やしたのだが、その努力の産物の98%以上は、(広島で)無意味にばらまかれたのだった。
実際に核分裂したのは2%未満という効率の悪さでは、爆弾そのものをバカでかいものにするしか、選択がありませんよね。しかし、ミサイルで遠くに飛ばしたりするためには、もっと効率を良くして軽量化しないと。
「核融合のみ」は、まだ実用化していません
なら、水素という極めて軽い元素を使って核融合させる「核融合だけの爆弾」を作れば ・・・ でもこれは2021年現在、まだ実用化されていません。永遠に実用化されないことを、願っております!
しかし。すでに、50kgから1tという軽量化した核弾頭のミサイルは、現実に既に配備されています。では、そうした核弾頭は、どんな仕組みになっているのでしょうか??
「核分裂 → 核融合」という2段階爆発の核爆弾が、現在の主流
簡単に言うと、現在の核爆弾のほとんどは、核分裂と核融合の両方を使用しています。
- まず、235Uなり239Puなりで、核分裂を発生させます。膨大な熱と放射線が出ますよね。
- その熱と放射線で、水素同位体を核融合させます。この同位体は、核弾頭のなかに予め仕込んでおいたものです。
- この2段階爆発で、核爆発の破壊力は桁違いに増大します。
- ここで核融合に使う「水素同位体」が、2H(デューテリウム)と3H(トリチウム)なのです。
このように2Hや3Hの核融合を利用して威力を桁違いに高めた核爆弾を、thermonuclear bombと呼んでいます。日本語では、まだ「水爆」と呼んでいるようですね。
でも、この核融合を利用することで、どの程度破壊力が増大するのでしょうか?
Stockholm International Peace Research Institute (SIPRI) という、世界的に有名な平和研究機関がありますよね。そのウェブサイトの Starve nuclear weapons to death with a tritium freeze (トリチウムの凍結で、核兵器を滅ぼそう)という記事が、
Starve nuclear weapons to death with a tritium freeze | SIPRI
にあります。2020年8月付の記事です。
その記事の中から少し抜粋すると、
What is the effect of removing tritium from a nuclear warhead? A good example is revealed in unclassified information about the UK’s Trident warhead. The full yield of the warhead is about 100 kilotons as designed and deployed. There is a version that only has the fission-stage boosted primary for relatively small engagements. But if the tritium is removed from the fission stage, then the yield drops to only 0.3 kt. Although 0.3 kt is not total disarmament, it is small enough to be militarily insignificant, especially when launched from a multibillion-dollar platform: a Trident submarine. Simply put, modern nuclear weapons without tritium are not military weapons.
(私による日本語化)
核弾頭からトリチウムを除くと、どうなるのか?そのよい例が英国のTridentという核ミサイルで、これについてはトリチウムがなくなった場合の公開情報が入手できる。このミサイル弾頭の最大破壊力はおよそ100キロトンで、これは設計通りであり、実際にそういうミサイルとして配備されている。ただ、このミサイルの中には、小規模の戦闘用の、(核分裂→核融合という段階を踏まず)単に核分裂を核融合で補強するだけの型のミサイルもある。その弾頭からトリチウムを除いてしまうと、破壊力はわずか0.3キロトンに劣化してしまう。0.3キロトンといえど、完全な武装廃止とは言えないが、軍事的には小さすぎて意味をなさない。しかもそんな役立たずミサイルを、何億ドルもかけた発射プラットフォーム、つまりTrident潜水艦から発射するのだ。端的に言えば、現代の核兵器はトリチウムなしでは、兵器とは呼べないのである。
なぜ、2Hと3Hを?
核融合は、2H同士や3H同士でも発生させることができますが、2Hと3Hを融合させた場合の方が発生エネルギーが大きいからです。
要するに、トリチウムとデューテリウムとは ・・・
・・・ 現在の核兵器では、威力を増強させるための「核融合材料」として不可欠なのですね。
問題は、2Hはそれ自体は放射性物質ではなく、したがって放射性崩壊をしないのに対し、トリチウムの方は放射性で、約12.32年が半減期なのですね。つまり 3Hを「強化剤」に使った核爆弾は、中にある3Hが12.3年後には約半分になってしまう。(他の半分は、ヘリウムの同位体に代わってしまっており、爆発の強化に役立たない)。
→ だから、定期的に3Hを補充せねばならない
→ 3H製造を行う、何らかの工場が必要
ということになります。そしてアメリカの場合、その「3H工場」として、既存の商業用原発をいくつか選んだ、というわけなんです。
もうこれで、賢明なる読者の皆様は、
- なぜ、アメリカは商業用原発でわざわざ新技術を開発してまで、3Hを製造しているのか?
- なぜ、アメリカは中国のCGN関連に対して重水の輸出を禁止したのか?
お分かりになりましたでしょ?
ここでこのページを終わっても良いのですが、せっかく冒頭で第5福竜丸の悲劇に言及したので、この悲劇の原因についても、短く言及しておきましょう。
「ここまで巨大な爆発になるとは、思わなかった~~~」(第5福竜丸の被害)
各種の関連書物や英語版Wikipedia(Nuclear testing at Bikini Atoll – Wikipedia)によれば、1954年3月1日のビキニ環礁でのthermonuclear bomb (「水爆」というよりも、水素同位体の核融合で爆発を強化した核爆弾)の実験では、科学者たちが爆発の規模の予想を間違えたのでした。デューテリウム(2H)とトリチウム(3H)の核融合を利用して爆発を強化した核爆弾(Thermonuclear bomb)は、当時はまだ新しいものだったので、予想を誤ることもあり得たでしょう。(でも、誤りがあることも想定して、避難範囲を定めるべきでした。巨大な爆弾実験をやらかしといて、「うわ、思ったより爆発が強烈だった、ごめん」では、あまりにも無責任です!) 科学者たちは爆発威力を6メガトンと予想していたのに対し、実際の爆発はそれをはるかに上回る15メガトンに達したのです。当然、死の灰も予想を超えて広範囲に飛び散りました。
まだ私は行っていないのですが、第5福竜丸の残骸は東京の新木場というところに保存されています。 都立 第五福竜丸展示館 Official Site (d5f.org) にウェブサイトがあるので、ご興味がおありの方は是非。私も、そのうち言ってみようと思ってます。
そんなわけで、核兵器保有国は、必ずどこかでトリチウムを入手する必要が
- 核分裂だけの核爆弾では、たとえば広島の場合、235Uのうち2%未満しか核分裂しなかった。
- そこで核分裂の熱や放射線を利用してデューテリウムとトリチウムの核融合を引き起こす「核分裂 → 核融合」型の核爆弾が、現在の主流(核融合だけの爆弾は、2021年現在、まだ実用化できていない)
- そのため、核保有国は何らかの方法でトリチウムを入手する必要がある。(その現時点での製造方法を、次の固定ページ t-3) で説明) しかもトリチウムは放射性で、半減期がおよそ12.3年なので、定期的な補充が必要。
- またアメリカ政府が中国CGN関連への重水輸出を禁止したのも、これで理解できる。
では、次回はアメリカが商業用原発でトリチウムを製造し、核兵器に使用している件を紹介しますね。