d-14) (発電原理) 「本性」から生じる、 解消不能なディレンマ

d-14) (発電原理) 「本性」から生じる、
解消不能なディレンマ

2025年7月

前回アップロードした固定ページ d-13)
では、核発電用のU燃料を作るための
U濃縮に、かなりの電力が必要である
ことを説明しました。
すると、
「じゃあ、技術革新で濃縮技術の効率を
改善して、少ない電力でU濃縮ができる
ようにしたら いいじゃん」
といった反論がありますよね。
でも、これは
発電だけを視野に入れた発想で、他の
深刻な問題を見落としているんです。
核発電の ”出生” から来る、本質的な
問題です。

悪魔にやかんをのせても、やっぱり悪魔

U濃縮に使う消費電力だけを見ても~

消費電力が小さくなる ⇒ テロリスト組織
なども、U濃縮を行いやすくなる ←→
消費電力が大きい ⇒ 大きな発電施設が
必要になるので、 U濃縮は容易には
できない

当たり前な事実ですが、
核発電やそのための作業が容易になる
ほど、核兵器のproliferationも招きやすく
なる
のは、お分かりになりますよね。

これは原子炉でPu-239を製造する
場合も同様で、

原子炉が事故を起こしにくい ⇒ 原子炉
事故は減るが、テロリスト組織なども、
その原子炉を使ってPu製造をしやすく
なる ⇒ 核兵器のproliferation ←→
原子炉が事故を起こしやすい ⇒ テロ
組織などとしては、使いにくい ⇒ 核兵器
のproliferationを抑制。
でも、原子炉事故のリスク

上記は、核発電がもともと「核兵器製造に
”やかんをのせて” 蒸気タービン発電を
する」という「元々からの正体」につき
まとうディレンマです。

このディレンマに気づくなら、
核発電と核兵器はどちらも廃絶するしか
ない
という結論は自明です。
「どちらも」というのは単に ”人間の言葉
という制約” に過ぎず、実際には核発電
と核兵器は同じ技術です。ただ、「やかん
をのせるか、否か」だけの違い。

日本の反原発団体の多くに見られた
視野狭窄

1990年ごろからずっと核兵器と核発電
に反対してきた私としては、
2011~12年ごろの “post-Fukushima I
anti-NPP” (福島第一事故に反応しての
反原発)の動きには、要請を受けたので
協力はしたものの、「おそらく風化しちゃう
んだろうなあ」と憂慮しておりました。
反原発の人たちの多くが、上述の
ディレンマを認識してらっしゃらなかった
からです。
そして2025年現在、私の憂慮は
とっくに現実になっております。


両目をあけてよ~
私の20分クロッキー

そもそも、「事故があった ⇒ 原発反対」
と主張するだけだと、
「自動車だって事故やらかすぞ!なんで、
自動車には反対しないんだ!?」
なんて反論が、実際にありましたよね。
暴論ですが。
でも、反原発派の主張も視野狭窄を
起こしていて、もっと危険な問題つまり
proliferationを視野に入れていなかった
のです。

そもそも「原子炉事故ばかり」を問題にして
いると、核発電推進勢力は
「もっと事故リスクの小さい新型原子炉」を
持ち出してくるだろ ・・・
そう予想するのは容易ですよね?
実際、上の黒いメニュー(項目は基本的に
アルファベット順)にある
ページ s-1) や h-4) などなどをお読み
ください。

視野を広げて
proliferationつまり「核兵器と核発電の
不可分性」を弁えていれば、
福島第一メルトダウン以降も
・ 北朝鮮の核武装
・ インド vs パキスタン
・ 先日もあった、イスラエル vs イラン
などなど、
核発電がどれだけ核兵器と
不可分か、
核兵器の危険が現在、どれだけ拡大して
いるか
をアピールするべき事態は、いくども発生
してきているのですが。


Get up and stay alert!
私の20分クロッキー

反核運動が「風化」などしている余裕は、
現在の世界にはないのです。

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