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通常なら、15分で描いたクロッキー(速写画)など、人前に曝すものではありません。
下にあるクロッキーも、例外ではありません。どなたでも、線が不器用でガチガチなのにお気づきになるでしょう。それもそのはず、1980年代後半に、私がデッサンなどを学び始めたときの速写画なのですから。
当時すでに、私にはLGBTの方々が知人にいて、彼らから私は「性別」というものが「二進法的」つまり「AかBか、どちらか1つだけ」というものではないことを、学びました。言い換えれば、生命というものには、人間のカテゴリー化や理解を超えた多様性のあることを。.
この認識が、この絵を学び始めたばかりのガチガチの線を描いていたころにも、すでに作用していました。「時空の中にあって、その向こうを見ている生命体」(特に、モデルさんの眼をご覧くださいな)という(いうなれば)「透視法」です。
この奇妙な「透視法」は、今では私には馴染んだ「透視法」になっています。もっとも、それが「1点透視」なのか、「4点」(3つの次元プラス時間)なのか、私にもわからないのですが。
そして。裸の女性を femme fatale として描くというのは、ジェンダー主義の生み出した「トンカチ頭」(cliche)の1つでしょう。人体を生命体として描くことで、確かに、ヒトの裸体をジェンダーから解放する視点が得られます。ただ、その結果は、一部の人たちには、「清潔すぎる」と見えるようですね。