「平和利用」という夢から目覚めよう

  • As I said below on March 25, I’m abolishing my beaded accessory business
    in several months. Then, I’ll remake this whole website into a new, anti-nuke
    site focused on the “historical inseparability between nuclear weapons and power”.
    The new website is to be written in Japanese since it is targeted at Japanese readers. Until then, I’ll occasionally post some articles about this inseparability
    here.
    (In case I leave this world behind before the website remake — just pardon me!)
  • 下の3月25日に述べましたように、あと数か月でこのビーズ アクセサリーのビジネスは廃業します。その際、このウェブサイト全体を新たな反核サイトに作り変えます。そのフォーカスは、
    「核兵器と核発電の歴史的不可分性」にあります。
    その作り変えのときまで、時折ここに、その「不可分性」に関する記事を投稿しますね。
    ご注意: 移行期間中の記事においても、数か月先の新ウェブサイトにおいても、あれこれ
    英語のウェブサイトや書籍からの引用をしますが、その日本語訳は致しません。
    私は翻訳者ではないので、正確な翻訳などできないからです。それと、著作権所有者に無断で翻訳・発表をすると、著作権法上の法律問題も発生してしまいます。できるかぎり、皆様も引用元の原文をお読みくださいね。
    なお、反核サイトへの作り変えより先に私が他界した場合には ・・・ あしからずご了承くださいな!
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    「核の平和利用」と「軍事利用」とは別物だ → 「発電」と「兵器」は違う、というマヤカシに騙され、核兵器には断固する人々の一部も、「核発電」には反対していなかった ・・・ そんな事実が確かにあります。

    なお、放射線の医療利用や、サイクロトロンなどの研究利用については、使う放射性物質があまりにも微量なので、ここでは問題にしておりません。
    放射性物質をかなりの量 使用するといえば、現在ある限りでは、やはり「兵器」と「発電」ですよね。

    「核発電は軍事利用ではない、平和利用だ」というマヤカシがいまだに根強く、「核兵器」には(少なくても日本では)たいていの人たちが反対するのに、「核発電」となると、賛否の議論が生じてしまいます。
    しかし、実際にはこの2つが不可分であることは、ここまでに紹介してきた歴史上の実例が示しています。「原子炉」とはもともと、原爆製造のための機械だったのですから。

    「平和利用というマヤカシ」を指摘しているのは、私だけではありません

    一例として、森瀧春子という方が、「終わらないイラク戦争」(勉誠出版、2013)という書物の177ページから178ページにかけて、次のように述べておられます:
    「1960年代後半から・・・・顕著になってきた日本を含めた世界での原発建設問題にも取り組むようになったが、根強い「核の平和利用」支持論によって日本の反核運動全体の過大とはなり得なかった。・・・・・「軍事利用」と「平和利用」は別ものだとするレトリックに、平和運動も含めて、おおむね絡めとられてきたからだった」

    原発事故の被害を取り上げることも大切ですし、自己の被害を受けた方々への支援は必ず続けるべきです。
    同時に、「核発電」の「核兵器との不可分性」を訴えることも、もっと本格的に展開していかないと ・・・

About FrancisH

A freelance painter, copywriter, and beading artist
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