久しぶりにBeyond Nuclear Bulletin より。 広島・長崎 VS 日本政府

Beyond Nuclear Bulletin

2024年8月8日号

久しぶりにBeyond Nuclear Bulletin
より。
広島・長崎では今年も平和祈念式典が
行われましたが、肝心の日本政府は
「秘かな核兵器への食指」を実は
伸ばし続けている、という記事です。

元の英語記事を読みたい方は、
Remembering Hiroshima and Nagasaki – Beyond Nuclear
をどうぞ。

私の日本語化を、この下に。
例によって、< > 内は私からの補足
説明です。

太平洋の両側からにらまれている ・・・

なお、下の論考の主張は単に「アメリカ
の反核団体の主張」ってわけじゃなくて、
たとえば日本の元官僚である古賀茂明
さんも似たような問題指摘をなさって
らっしゃいます。
広島「原爆の日」の演説でわかった岸田首相の“核兵器依存” もはや日本は「平和の使者」ではない 古賀茂明 | AERA dot. (アエラドット) (asahi.com)

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Remembering Hiroshima and Nagasaki
2024年8月7日

今週、広島と長崎では祈念式典が開催
されたが、世界では核の脅威が拡大を
続けているが、核軍縮の道を「進み
つづけねばならない」と日本の岸田
文雄首相は繰り返し述べた。この発言
があった背景として、日本は核発電の
産物として蓄積したプルトニウムを
大量に有しており、核兵器を短期間で
開発することも可能だ。これは一般に、
日本の「隠れた核兵器(bomb in the
basement)」として知られている。

Made-in-Japan nuke missile

昨年、アメリカの前国務長官ヘンリー
キッシンジャーが述べたところでは、
日本は「5年以内に核兵器保有国に
なろうとしている」そうだ。今週の
発言で岸田は、日本は「核兵器なき
世界の実現を目指して努める」と
主張してやまなかった。だがそうした
主張とは裏腹に、核兵器禁止条約
(Treaty on the Prohibition of Nuclear
Weapons)に日本はまだ署名して
いない。

その一方、世界の核兵器保有諸国は
核軍縮に努めるどころか、核兵器の
増強に努めているようだ。「1945年
8月にアメリカが落とした原爆による
広島と長崎での失われた命を我々は
偲んでいるのだが、現実の世界が
今までにはないほど核戦争の一歩手前
にあるという事実は、否定しようが
ない」 今週のBeyond Nuclear
International
にそう記しているのは、
CND <「核軍縮キャンペーン」
Campaign for Nuclear Disarmamentと
いう反核団体> の事務総長Kate
Hudsonだ。「人類にとってだけで
なく、地球上のあらゆる生命にとって、
苦渋の時代になっている。立ち
上がって核はいっぜつを叫ぶべき時代
なのだ。核のアルマゲドンに引き
込まれるのは、ごめんだ」

ワシントンDCの大都市圏では毎年、
アメリカ首都地区広島長崎平和委員会
(Hiroshima/Nagasaki Peace
Committee of the National Capitol
Region)が追悼式典を実施している。
中心街で夜通しの式典があるのに加え、
今年はオンラインのイベントも開催
され、そこでのスピーカーとしては、
チェスピーク社会的責任を有する
内科医連合(Chesapeake Physicians
for Social Responsibility)のGwen
DuBois、Beyond Nuclearの Linda
Pentz Gunter、平和と自由のための
国際女性連盟(Women’s International
League for Peace and Freedom)の
Fan Yangであった。このオンライン
イベントを主催したのはJohn
Steinbachだ。このイベントのハイ
ライトの1つとして、広島原爆の
サバイバーHideko Tamaraのお話が
あり、これはYouTubeでご覧いただ
ける。

Tulips / チューリップ
原文にはTamaraとあるのですが、
Tamuraの誤りでしょう。
私の、昔の作品。
紙にオイルパステル

その他にも協力してくれた面々
として、Melvin Hardy, Dennis Nelson,
Ellen Thomas, James Wagnerがいた。
Hardyのお話によれば、 All Souls
Church Unitarian <というキリスト教会>
の子供たちが広島の子供たちに画材などを
送り、広島の子供たちの一部が絵を
All Soulsに返したそうだ。・・・
中略 ・・・ それから何十年か後に
All Soulsの人たちがその絵画を持って
広島を訪れた。描いた人たちと会う
ためだ。この感動的なストーリーは、
Pictures from a Hiroshima Schoolyard,
いう映画でご覧になれる。

カナダのトロントでは、広島と長崎の
原爆投下を覚え写真100点を展示した
展覧会が開催された。そのうち5点は
投下当日に広島にいた唯一の日本人
写真家が撮影したものだ。展示写真は
いずれも、オンラインでも見ることが
できる。この写真店に関する記事が、
Beyond Nuclear International.にある。
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国境を越えて

ご存じの通り、マンハッタン計画は
アメリカ合衆国だけのプロジェクト
ではなく、カナダや英国も加担して
いましたよね。いずれの国において
も、核兵器に反対する市民の皆さんは
多数いらっしゃいます。国境を越えて
そうした方々と協力・連動していきま
せんと。どこの国でも、政府と一般
市民の間には、かなりの隔たりがある
ものです。
日本の場合でも、市民の多くはこれ
だけ核兵器廃絶を叫んでいるのに、
政府は潜在的核兵器保有への固執を
やめようとしません。当然、核発電に
もしがみ続けていますよね。

これからの反核運動では、「アメリカ
が落とした」、「いや日本を早く降伏
させるためだった」といったタテ型
(国別)構造ではなく、横型のcross-
borderな構造・動きが必要だと私は
見ております。

そうした意味で、Beyond Nuclear
Bulletinにsubscribeすることを
お勧めします!
Remembering Hiroshima and Nagasaki – Beyond Nuclear
のページ下部に連絡フォームがあり
ますので、英語でBeyond Nuclearに
ご連絡を!

About FrancisH

A freelance painter, copywriter, and beading artist
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