「アトリエ あなすたーしゃ」では、とりあえず「ハンドペイント」という言葉を使ってきましたが、「ハンドダイ」(手染め)というのは、理解されますかねえ??
ハンドペイント、ハンドダイ、手描き、手染め ~~~~
どの言葉が適切なのか、けっこう困っております!
「アトリエ あなすたーしゃ」では、とりあえず「ハンドペイント」という言葉を使ってきましたが、「ハンドダイ」(手染め)というのは、理解されますかねえ??
ハンドペイント、ハンドダイ、手描き、手染め ~~~~
どの言葉が適切なのか、けっこう困っております!
~~ なにも、Cathedraをそのままシャツにしたわけでは、ございません!
当然、Cathedraから着想を得たデザインってことです。
ま、完成品の写真ができたらここで紹介しますので、お楽しみに!
最近、制作中の「Barnett NewmanのCathedraへのオマージュ」の進行状況の写真を紹介しております。
で、その「Cathedra」って、どんな絵画なの? 興味がおありの方は、 たとえば
http://xgfk10ggr.wordpress.com/m7-2/ をご覧ください!
下で12月終わりに、実験として作ったNo Nukesチョーカーとロザリオを紹介しました。すすると、チョーカーの実際の作品をご注文いただきました。
目下、そのパーツを作成中です。
↓ 下の制作中の “Barnett Newmanへのオマージュ”、進行状況です。
まだ写真がいい加減です! 勝手に色彩の自動補正か何かやられたみたいで、地の色が変わって見えますね。
なんだこれは??
まだ制作中の作品です。
Barnett Newmanというアメリカの抽象表現主義の画家による1951年の作品で、 Cathedra という有名な一作があります。そこから着想を得たものです。
まだ work in progress なので、写真もかなりいい加減ですが、進行状況をときどきお見せしますね。
では、私(わしお ひでき)が初めから絵画を学んだのかというと~~ 実は、そうではありません。
当初、18歳から20歳くらいは、ライト(光) インスタレーションを学んでいました。絵画も好きでしたが。 東京の現代アートの工房やギャラリーなどで、光源からの光をスリットなどに通す、乱反射させる、もちろん色の付いたビニールをかぶせる~~などやっていました。
ただ、私の特徴としては ・・・ 他のライト アーティストたちがレーザーだのホログラフィーだの、最先端テクノロジーを使いたがっていたのに対し、私はろうそくやランプの光を併用したのですね。光の質が、レーザーなどとまったく違うので~~
そして数年後に、結局は絵画を学び始めることになりました。この意味では、私は現代アートを学んだものの、「古い」アーティストなのでしょう。
人の手で描いたり作ったりしたものの独自性を認めるので。
もちろん、ミニマルアートの一部のように、人の手の介在をまったく感じさせない、「単なるアクリル板」による作品の意味も、それはそれで認めるのですけどね。
・・・ もちろん、
・ プリント シャツなら、市場にいくらでも出回っている
といったマーケティング面での理由もありますが、私(わしお ひでき)が絵画をずっと創作してきたことも、理由の1つです。絵画というものが長い美術史のなかでは、「すでに終わったもの(いろいろな絵画が、とっくに出尽くしてしまっている)」と言われてきたのは、ここ20~30年のアート シーンをご覧の方々なら、誰でもご存知でしょう。(それに賛成するか反対するかは、別として) 実際、現代アートのギャラリーへ行くと、絵画を見ることは今では珍しく、ハイテクノロジーの応用やパフォーマンスを見ますよね。
しかし。 1) 人の手で創ったものの、再現不可能性(まったく同じものは、2つできない) 2) それが、衣類という「身体の一部」になるという、身体性 ~~
~~ この2つは無視できないと、私は見ているわけですね。特に、「手という身体の一部で作った作品が、着る人の身体の(一時的な)一部になる」という点は、大変面白いと思っています。
私(わしお ひでき)は、1990年ごろからハッキリ、反原発の立場です。 実はその少し前、東京の新宿にあったクリエイティブ エージェンシーでCCO (Chief Creative Officer、クリエイティブ面の取締役)をしていたのですが、エネ庁関連で原発立地推進の広報の仕事を受けてしまいました。「エージェンシーは中立なのだから、推進派と反対派、両方の仕事を同じように受ければよい」と単純に考えていたのですね。
で、その仕事に関われば関わるほど、
・ 原発が実は、いかに危険か ・ 原発の導入・建設が、どれだけキタナイやり方でなされているか
分かってきたわけですね。なので、「電気が欲しけりゃ、もっとまともな電源と節電方法とを探せ!」ってことで、90年ごろ、ハッキリ反原発に転じ、上記の仕事もお断りするようになりました。
ま、「ハンドペイント Tシャツ屋さん」の業務とは直接には関わらないことですから、詳しくは述べませんが~~ このブログにはNo Nukesなどのメッセージの入った作品が多いのは、こうした背景があるのですよ~