d-16) (発電原理) 60%の悪夢
2025年12月
Bulletin of the Atomic Scientists
元の英語の論考を読みたい方は、ここをクリック
かのご高名なEdwin Lyman博士による、イランの核施設は
アメリカとイスラエルによって破壊されたものの、なお
U濃縮なしに核兵器の製造は可能だ、という趣旨の論考です。
6月の12日戦争の直後、今年7月2日付のものです。
特にご注意いただきたいのは、
濃縮度60%でも核兵器を製造できる、という核物理学者としての
ご指摘です。
無論、通常は90%以上が「兵器グレード」でして、
「やかんをのせたら~~」でも基本的な線として
90%と申してきました。
しかし、濃縮施設を破壊された今、「その気になれば」60%の
U-235でも核兵器に使える、というわけですね。
もうお分かりの通り、紹介する論考そのものはイラン関係の
ものですが、60% HEUの危険性そのものはどこの国であれ、
あるいはテロ組織であれ同じことですよね。
ですから、普遍的・長期的な問題を扱う固定ページと
しました。
なお、Lyman博士は
Union of Concerned Scientists(憂慮する科学者同盟)の気候と
エネルギーに関するプログラムで、原子力安全性担当ディレクターを
務めてらっしゃるそうです。2018年には、アメリカ物理学会から
レオ シラード講義賞を授与されました。アメリカのコーネル大学で、
物理学の博士号を取得しておられます。
では、いつもどおり
私の抜粋・要約・日本語化
< > 内は、私からの補足説明です
**************************************
この6月にイスラエルそしてアメリカがイランの核施設を
爆撃した。それ以来、政治色の強い熱狂した議論が戦わされて
きているが、その多くは果たしてその爆撃によりイランが
核兵器を製造する能力を「撲滅」できたのか、はたまた
その能力を数か月ないしは数年後退させただけなのか、
という問いに関するものである。だが重大な問題が一つ
ほぼ見逃されており、なぜ見逃されているのか説明がつかない。
イランは既に高濃縮ウラニウム(HEU)を400キログラム以上も
保有しており、これは実は核兵器に使用できるのだ。
つまりイランのHEUは、それ以上濃縮せずとも核兵器の製造に
そのまま使用できるのだ。IAEAがこの6月に発表したところ
では、イスラエルによる最初の爆撃の後、そのイランのHEUの
所在などが説明されていないのだ。爆撃前に、安全な場所に
移されていた可能性もある。そうした既存のHEUの一部を
イランが今も使用できるのであれば、それをそのまま核兵器に
使用してしまおうという発想が、イラン指導層の脳裏に最も
魅力的で手っ取り早い核兵器保有の方法としてひらめく恐れが
あるのだ。特に今、イランのウラニウム濃縮能力が大幅に損なわれて
いる以上、<今ある60%ウラニウムをそのまま使用することが>
魅力的に見えてきそうだ。核兵器製造にはウラニウム濃縮度
以外にも超えていかねばならない難点はあるものの、少なくても
爆薬となる核物質の入手はできることになる。
現時点では、イランの既存のHEUが爆撃後も残っているのか
否かが、イスラエルにとってもトランプ政権にとっても、
未解明の難問の1つだ。その所在地をピンポイントできない
限り、そうしたHEUを没収することも破壊することも、軍には
できそうにない。HEUは今では、イラン国内のどこにあっても
おかしくないのだ。数か所に分散され保管されている可能性も
ある。そうである以上、国際社会がこのHEUが核兵器に使用される
ことを確実に防止したいのであれば、外交上の合意を締結する
しかない。その合意ではイスラエルとアメリカはこれ以上の
イラン核施設への攻撃を行わないことを確約し、イランはIAEAに
対し必要な情報すべてと立ち入りとを許可し、IAEAはHEUの
現状を充分に把握・説明して、今後は <イランの核物質の所在や
用途などを> 検証できるような体制を急いで再構築するのである。
オープン シークレット 60%まで濃縮したHEUが核兵器に
使用できることは、国家機密などではない。しかも今や、
このHEUをさらに濃縮する能力や低濃縮ウラニウムから新たに
HEUを製造する能力をイランが少なくても数か月ほど損なわれた
以上、既存のHEUの持つ意味はさらに大きくなっている。まあ、
推定によっては数年間と見る向きもあるが。・・・(中略)・・・
既存の60% HEUで核兵器を製造する意図がイランにあろうが
なかろうが、それはイランにはその製造を行う技術的能力が
あるか否かとは別の問題だ。核爆発する爆弾を作るために
イランが必要としているのは「兵器グレード」つまりウラニウム
235濃度を90%以上に濃縮したものだという想定が一般化して
おり、政府高官たちやメディア、コメンテーターたちなども
それを繰り返し述べているのだが、これは全くの間違いなのだ。
ただし、HEUならどの濃度でも同じように使えると言って
いるのでは、ない。その違いを理解しておくことが大切だ。
IAEAの言うHEUの「問題となる量」(significant quantity)
とは、「それをもって核爆発装置を製造できる可能性を排除
できないような、核物質の概算量」と定義されており、容器に
入ったウラニウム235の場合なら25 キログラムである。90%濃縮の
ウラニウムであれば、<排除できていないウラニウム238なども
含む> ウラニウム総量は27.8キロになる。
・・・(しばらく中略)・・・
イランの核保有を阻止するには 60%濃度の既存HEUの
少なからぬ量をイランが今も使用できるのであれば、たとえ
濃縮作業はできなくなっていたとしても、核兵器製造に踏み切る
危険性はある。現時点でイランによる核兵器製造を阻止しうる
要因としては、<濃縮した> 六フッ化ウラニウムを金属
ウラニウムに還元する能力がないことが考えられる。
<下の * 参照>
そうした機能はイスファハンの核施設にあったのだが、6月20日に
アメリカ軍の爆撃で破壊された。しかし、イランがすでに秘密の
小型還元施設を有している場合、あるいは還元機能を再建できる
だけのノウハウと設備とを保持している場合には、この
イスファハン施設の破壊もあまり深刻な阻害要因とはなるまい。
確かに大型の施設は再建に数年を要するうえに、秘密裏に再建する
のは困難であろうが、短期間で数百キロ程度を製造するくらいの
施設の建設であれば、それほど困難ではない。そもそもイランは
既にそうした施設の建設を経験しているのだ。
・・・(以下略)・・・
****************************
* ウラニウム濃縮における「還元」とは:
以前にも他のページで説明しましたが、天然のU鉱石中にあるUの
同位体の構成を見ると、U-238という核分裂性ではない同位体が
およそ99%でして、分裂性のU-235は0.7%程度です。核発電用の
核燃料として使うには、235の比率を3-5%程度にまで上げる
必要があります。
ところが、Uは本来金属でして、238と235をどう分離させれば
よいのか??金属のままだと、分離させるのは困難ですよね。
同位体である以上、「同じU金属」であることに違いはないの
ですから。
(ついでながら、「トリティウム水」からトリティウム原子を
含む水分子だけを取り出すのが無理なのも、似たような事情に
よります。水素の重い同位体がトリティウムですので)
そこで、U金属をいったん六フッ化ウラニウム(UF6)という
化合物にします。
これは60 Cくらいで気体になるので、その気体を遠心分離器に
かけるのですね。
遠心分離といっても、235と238というわずかな質量差ですので、
なかなか進みません。したがってU濃縮工場では、何百台もの
大型遠心分離機が連結(カスケード)してあるわけです。
(ここで大変な電力を消費することは、上の肥大化した黒い
メニューにある 付録w-1) の「核燃料製造の過程で」という
段落でも説明しましたよ)
なんとか3-5%まで濃縮ができたら、そのUF6をU金属に戻す、
つまり「還元する」というわけですね。
以上、あくまで大雑把な説明ですよ。それと、現時点で主流の
遠心分離に限った説明です。現在開発中の濃縮手法として、
レーザーと電磁気とを利用したAVLISなんてのもあるのですが、
まだ開発途上のようです。
そして濃縮比率は、5%でとどまるとは限りません:
さらに濃縮を進めて、20%近くにまで高めたものを、HALEUと
分類しています。
U-235の濃度が高いだけ、核分裂させればさらに大きなエネルギーが
得られるのですが、核兵器用の濃度に近いというproliferation riskが
深刻になります。
現時点での分類では、20%を超えるとHEUに分類されます。
さらに90%を超えると、「効率よく」核兵器にできるので
「兵器グレード」と呼ばれるわけですね。
でも、60%でも「効率」は劣るが核兵器にできてしまうので
充分な注意と対処が必要だ、というのが上のLyman博士の
ご指摘ですね。
それにしても、Lyman博士の論考のうち、
「・・・ 国内のどこにあっても おかしくないのだ。数か所に
分散され保管されている可能性もある。そうである以上、
国際社会がこのHEUが核兵器に使用されることを確実に防止
したいのであれば、外交上の合意を締結するしかない。
その合意ではイスラエルとアメリカはこれ以上のイラン
核施設への攻撃を行わないことを確約し、イランはIAEAに
対し必要な情報すべてと立ち入りとを許可し、IAEAはHEUの
現状を充分に把握・説明して、今後は <イランの核物質の所在や
用途などを> 検証できるような体制を急いで再構築するのである」
という箇所、秀逸だと私は考えます。
「外交で ~~」と主張すると直ちに、「お花畑だ! 軍事力での
抑止だけが、現実的な解決だ!」といった反発が返ってくる昨今
ですが、実際にイスラエルとアメリカ軍がその軍事力を行使した
ものの、現実にイランのHEUがどこにあるのか・どうなったのか、
爆撃から5か月を経た今も(2025年12月初め)分かっておりません!
外交というものの必須性・重要性が判る現実を、私たちは目にして
いるのですね。



