The Guardianのウェブサイトより
元の英語記事は、ここをクリック
イラン VS アメリカの緊張が高まる中、イランの核開発に
関するPatrick Wintourさん(The Guardianの外交問題担当エ
ディター)の考察です。
まずは、その記事そのものを見てまいりましょう。
私の要約・抜粋・日本語化で。
< > 内は、私からの補足説明。
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”Deeply ideological”: the rationale behind Iran’s insistence
on uranium enrichment
(”イデオロギーに深く根差している”― イランがウラニウム
濃縮を諦めない理由)
イラン政府の核への野望はシャー時代の1970年代にまで遡り、
経済制裁による損害に関わらず衰えていない
2026年1月30日
アメリカとイランの間での戦争を回避しようとする必死の
努力が再度繰り広げられているが、イラン政府の核開発
プログラムとの関連で両国間に共通の土台を見出すという
行為は、困難の度合いを増している。アメリカは要求を
増やしており、イランはウラニウム濃縮を国家としての
権利だとするきわめて国家主義的でイデオロギー的な執着が
あるためだ。
イランの自国で核開発プログラムを進めたいという欲望は、
1979年に神政政治が実現する以前にまで遡る。さらに歴史を
辿れば、1970年代半ばに原子力発電所20か所を建設すると
シャーが公表した時点にまでたどり着く。<このあたり、
詳しくは上の黒いメニューにあるページ f-2) を参照>
これを受けて西側諸国の間では、その原発建設に参加しよう
というみっともない騒ぎが発生、特に当時の英国エネルギー
大臣であったTony Bennはイランのこの計画に深く
かかわっていた。
<イランは1979年途中まで、パーレヴィ王朝が治める王国で、
西側寄りの姿勢を保持していました。そこに1979年、
イスラム革命が起こり、現在の反西側的なイスラム共和国に
変わったわけですね。イスラム指導者が国家の最高指導者
でもあるという体制で、一種の「神政政治」です>
その核開発プログラムの中核にあったものは、ウラニウム
濃縮に象徴される国家としての威厳と実力を得たい、
という願いであった。だがその権利を執行するために
イランは、後にあまりにも大きな対価を支払うことに
なった。アメリカによる経済制裁、経済の破綻、そして
今や政情不安である。<それでも核開発をやめようと
しないイラン。その真の狙いとは何なのか、という疑問が
生じる。
2025年11月にThe Guardianではテヘランにて、イランの核開発
プログラムを意味のあるものと見るためには、どのようなコスト
対利益の分析をすればよいのかと、イランのAbbas Araghchi
外相に尋ねた。外相の答えた要因として、核不拡散条約の下での
イランの主権国家としての権利、医療面での利点、そして
暗殺されたイランの核科学者たちの血に対する報復を挙げた。
<イランの核開発を嫌うイスラエルがイランの核科学者たちを
殺害するという事件が、何度か起きています> 同外相は妥協案
として多国籍のコンソーシアムを形成してイラン国内で
ウラニウム濃縮を行ってもよいし、それにアメリカが参加しても
よいと述べた。ただし、イラン国内でウラニウム濃縮を行うのは
神聖不可侵のイランの権利だと執着を示した。
こうなると、何のための核開発なのか、という理由を見つける
のは難しい。実際、<スコットランドの名門大学である>
St Andrews Universityにて現代史を教えるAli Ansari教授に
よれば、「イランがウラニウム濃縮に固執する合理的な理由を
探している人たちがいるが、そんな理由は見つからない。
イランのこだわりはイデオロギーに深く根差すもので、国威に
こだわったものだ。超国粋主義的な波に乗り、満足させようと
するものだ。
「さらに政治的な目的もあり、西側の不公平性を浮き出させる
とともに、それにより西側への怨念を膨らませる。だが、
イランが妥協を拒否し続けるならば、その経済は何の現実的な
意味もなく地べたで のた打ち回ることになろう」
「イラン政府は核プログラムは国家としての権利の行使だと
主張しているが、その主張には自己矛盾が伴う。イラン国民が
享受すべき他の市民権や人権、たとえば学校や病院の改善などを
犠牲にして核開発を進めているからだ」
・・・以下省略・・・.
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本文の第2段落に私が文字色強調を加えましたが、これも
「核発電と核兵器の不可分性」を示す実例の1つですね。
もともと発電ということで始めても、いつのまにやら
核兵器につながってしまいえる、ということですね。
しかも、核発電や核兵器は「国威の発揚」につながりやすく、
したがって超国家主義者たちがそれらの推進を訴えやすい
ことも、容易に理解できますよね。(たとえばフランスでも、
似たようなパターンがありました。上の黒いメニューに
ある b-4) の、French Nuclear Programからの引用紹介を参照)
しかし、核を持つことが本当にその国の威信につながるので
しょうか?
実際には原発とは、上の黒いメニューにある g-5) や g-6) 、
d-11) 、d-6) 、d-15) などなどで述べたように、軍事的な脆弱点を
ワザワザ作ることになるのですが。























